「先輩、朝ですよ?」 桜の声が聞こえた。眠っていた脳みそに活を入れ、衛宮士郎が稼動し始める。 また寝過ごしてしまった。なんとなく情けない気持ちになりながら俺は目を開ける。逆光で輪郭しか分からない後輩の姿。 「おはよう、桜」 「はい。おはようございます」 桜の名に相応しい、ほんわかとした雰囲気。遠坂やセイバーには真似のできないものだろう。 「悪い、また寝過ごした」 苦笑しながら言うと、桜は逆に嬉しそうに笑った。 最近、我が家の台所が後輩に侵食されてきているから、こちらはうかうかしてられない。数少ない俺の趣味、この武家屋敷の主人たる所以(?)である台所の衛宮士郎。 ・・・・というか、みんな、この家の主人って俺なんだけど覚えてるのか? 買ったらオマケでくっ付いてきたチョコエッグの中身の殻ぐらいどうでもいいものだと思われている気がする。え? 古いって? なにを馬鹿な。 「先輩?」 鼓膜を潤すスイートボイス。ああ、ごちそうさま。 「まだ寝ぼけてるみたいだ。なんか、イリヤの声が聞こえた気がする。唐突に」 「・・・・そうなんですか? まだお城に居ると思いますけど?」 現在、我が家にはセイバーと遠坂、バゼットにカレン、あとはその他サーヴァントが居ついている。もうどっかの女子寮なんて目じゃないぞ。食費なんて衛宮家の国家予算八割を占めている。 まあ、働いているヤツらは食費を入れてくれるから、そんなに困っているわけではないが。 俺は桜に返事を返し、布団から身を起こした。私服のままだけど、つなぎよりはマシ・・・・だと思いたい。 首を捻って立ち上がる。ちょうど逆光で見えなかった桜の顔が現れ、 「先輩?」 俺は、声を失った。 朝から大混雑の居間には、見渡す限り銀のお花畑が咲いていた。まるでイリヤの大仮装大会? 「なるほど。あなたがそこまで病んでいたとはね。周りの人間が全てイリヤに見えるって?」 赤い服で銀色の髪を二つにしたイリヤが言った。 「シロウ、おかわり」 茶碗を差し出しながら、髪を後ろにまとめ、ピョコンとアホ毛が前面に飛び出した王様してるイリヤが言った。 というか、俺の話は聞いてました? 「・・・・日頃のストレスが祟ったのでしょう」 と、男装スーツのイリヤさん。長い銀髪を短くしようとしている輪ゴムがミスマッチ。気づいてない? 「ロリは犯罪ですよ? この性犯罪者。あと早漏」 犯罪者確定? つーかカレン。なんでおまえが主人面してここにいる? あと早漏じゃありません・・・・きっと。いや、たぶん。カソックが妙に浮いています。 「なんか、この面子だとおねーちゃんの影が薄くない?」 大丈夫だ藤ねぇ。喋らなくても存在感ありすぎだから。あとゴハン悔いすぎ。噛まずに摂り込むな(誤字にあらず)。 まあ、いろんなイリヤがたくさん好き勝手なことを言いやがってますが、まあ許せる範囲だろう。 俺の頭が変になったのか、世界がおかしくなったのか、或いは未だに夢の中なのか。 兎に角、みんながイリヤで格好が普通。かなりシュールな光景だ。でも、イリヤは元がいいから何を着ても似合う。ゴハンをもぎゅもぎゅ食ってても可愛いから許す。 だけど。 「ふん。凛、この男には話しかけては駄目だ。ロリがうつる」 「な!? オレの鯖食いやがったなテメェ!?」 「そう吼えるな愚犬。雑種が我に貢ぐのはこの世の定め。だがまあ、褒美に食しかけのたくあんをやろう。昇天するほど喜ぶがいい」 「マーボーはないのか? マーボーはどこだ?」 なんて、朝だから低血圧なのだろう。どこかトチ狂った、赤いヤツとか青いヤツとか、王様のくせに成金ぽいヤツとか、マーボーマーボー五月蝿い神父とか。 イリヤの顔と声で言われるとかなりアレだ。あとなんで朝から武装してる? 自慢か? なんでさ。 「ええい、静かにしろ!! あと狭い! それにむさ苦しい! ここは俺の家なんだぞ!?」 「そうなの?」 「シロウ、お味噌汁のおかわりを」 「ああ、私が代わりに。はい、どうぞ。セイバーさん」 「私にも頼みます」 「朝から自己主張ですか? たたせるのは股間だけにしてください」 「こらー!! タイガーって言うなぁー!!」 同じ声で千差万別。話聞いてなかったり毒舌だったり。一人はたぶん幻聴。 「貴様が建てたわけではあるまい。身の程を弁えろ」 うぐっ。もっともなことを言う白いアーチャー。あれ? 元から白髪(失礼)だったっけ。 「ゲイ・ボルグッ!!」 「エヌマ・エリシュ!!」 箸でチャンバラするなおまえら。それに妙に楽しそうにするな。 「・・・・くっ」 難しい顔をして鯖を解剖している神父。お願いやめて。 「ただいま帰りました」 朝の散歩から帰ってきたライダーさん。普通にイリヤスフィール。 「遅かったね、ライダー」 「はい、サクラ。自転車に乗っていたところ、間違えてシンジを轢いてしまいまして。隠蔽工作に苦労しました」 爽やかな顔で眼鏡美人さん。イリヤが大人になったらこんな感じになりそうだ。 慎二は・・・・きっと大丈夫だろう(?) わらわらと動くイリヤたち。なんか髪が反射して目がチカチカする。 そのとき、ピンポーンと誰かがインターホンを鳴らす音。もう誰が来たって驚くもんか。実は切嗣が生きてました。てへ。なんて言われたって平気さ。 「ブホォアッ!?」 開けてびっくり。上半身裸のイリヤの上にイリヤが乗っかっていた。 反り返って頭から激突し、悶絶しているところに声がかかる。 「どうしたの、シロウ?」 小首を傾げながら言う“本物の”イリヤ。ちくせう、普通なイリヤのなんて愛しいことか。玄関で立っている上半身裸のイリヤ(きっとバーサーカーだろう)は、暇になったのかゴツい戦斧を弄りはじめた。 物理法則を無視して斧を振り回すバーサーカーさん。家が壊れますやめてください。 「・・・・なあ、イリヤ」 「なに? おにいちゃんっ」 抱きつくように飛びついてきて、そのまま首を持たれて密着攻撃。並みのお兄さんなら昇天しても不思議ではない。 ああ、なんて可愛らしい、イリヤなイリヤ。 俺よりゴハンが好きなんて言わないし、勝手に貯金も下ろされないし、毒舌じゃないし虎柄でもない。 いや、みんなのことが嫌いってわけじゃないぞ? ホントだよ? 「イリヤは、俺の味方だよな?」 「当たり前じゃない。私はシロウの味方よっ」 ああ、マイシスター。 普通なイリヤに出会えたことを感謝します。神様仏様天国の親父。 「聞いてくれ、イリヤ。みんながな、みんなが俺のこと虐めるんだ。家主は俺なのに。主人公は俺なのに。サブキャラが目立つってどうよ?」 「安心して。シロウは間違いなく主人公よ。死んでも生き返るのがその証拠だわ」 「なんか一瞬ブルマなイリヤが見えたけどそうだなありがとう。そうだイリヤ。おまえも一緒に朝飯食べるだろ?」 「ええ、お邪魔するわ」 慰められた(?)俺は気分よくステップを踏んだ。そうだ。俺には力強い、姉であり妹であるイリヤがいる。 頭がおかしくなったって、きっと彼女なら最後まで付き合ってくれるだろう。 なんたって、俺たちは家族なんだ。 るんるんと鼻歌を口ずさみながら、俺は振り返った。 「イリヤ、どうしたんだ? 早く来いよ」 「ブツブツ・・・・ふふふ。どうやらお花畑の魔術が上手くいったようね・・・・苦労したかいがあったわ」 「・・・・」 口を吊り上げながらワラうマイシスター。目が光ってます。光りまくってます。 「・・・・イリヤ」 「!? どうしたの、おにいちゃん♪」 うわあ、コンマ数秒での切り替えの早さ。あくまからてんしへと可憐に変身。 「イリヤ、魔術使ったのか?」 「! 全然ちっとも使ってないわ。本当に本当よ? 全財産かけたっていいわ。アインツベルンの名にかけて」 いや、目線を外しながら言われても説得力皆無ですよ。 「なによ、疑うの、シロウ?」 「だってバーサーカーが教えてくれたんだ。カンペ持って」 「嘘!?」 仰天して振り返るイリヤ。バーサーカーは寝転がって不貞寝していた。かなりエロちっくだ。 「・・・・」 「・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 ギギギ、と、錆びついた音を立てて振り返る。 「シロウ、これは夢よ」 なんで自信たっぷりなんだ? いま考えつきましたって感じバリバリなんだけど。 「いいえ。これはシロウの抑圧された欲望が具現化した夢なの。だから私がたくさん居るのよ。お分かり?」 「・・・・」 「いひゃいいひゃい!? な、なにするのよ!?」 「いや、夢だったら痛くないんじゃないかって思ってさ」 「だったら自分のを抓りなさい」 いや、だって痛いし。 「もう。レディーの頬を抓むなんて信じられないわ」 「痛かっただろ?」 「・・・・全然痛くなかったわ・・・・いひゃいいひゃい!?」 涙目で腕を振り回すイリヤがおかしくてつい遊んでしまった。 いや、魅了の魔眼とは恐ろしい。 「で、どうしてこれが夢だと言えるのさ」 「だって私だらけだったんでしょう? きっとシロウは心の底で思っていたの。イリヤが好きだ。イリヤを抱きたい。イリヤイリヤイリヤ。それで現実と妄想の区別がつかなくなって今に至るのよ」 「まるっきり性犯罪者だろ、それ」 「お黙りなさい。いいこと、私がみっつ数えるとシロウは目を覚ますの。いくわよ? ひとつ、ふたつ、みっつ!」 パン、とイリヤが手を叩く。 すると、目の前が突然真っ暗になって・・・・俺は意識を失った。 「先輩、起きてください」 ゆさゆさと体を揺すられて、桜の声が聞こえてきた。なんだか変な夢を見ていた気がする。 俺は怪訝に思いながら目を開けて、 「こんなところで寝てると風邪ひいちゃいますよ?」 なんか、ゴツい巨人(バーサーカー)が桜の服を着てニッコリと微笑んだ。ピチピチとはちきれんばかりの二の腕、胸板、腹筋、太もも。 その巨体から発せられるのは間違いなく桜の声。 「に」 「に?」 「にぎゃああああああぁああああああああああっ!?」 「? なにやってるのよ、士郎のやつ」 「ふう、満足です。これでお昼まではどうにか持たせることができる」 「お茶と白湯の違いが分かりますか、ライダー」 「ええ。2ストロークエンジンと4ストロークエンジンくらい違います」 「ふむ、雑種。今宵は我の元に来い。たっぷりと愛でてやろう」 「お断りします、この短小包茎」 「ぬわー、エンキドゥウウウウウウウッ」 「のわっ、宝物庫の中に逃げ込むな! つーか手を離せ! いや、いやだぁあああぁああああぁぁぁ」 「の、喉に小骨が刺さった。誰か白米を。いやマーボーでもいい。いた、いたい。くっ、天は我らを見捨てたとでもいうのか・・・・!」 騒がしい居間の端っこに腰を下ろすと、イリヤは頬を掻きながら唸った。 「・・・・解呪したはずなのに、余計おかしくなっちゃったみたい」 にぎゃあ! という士郎の悲鳴を聞きながら、イリヤはポツリと呟いた。 おわり♪ |
〜あとがき〜
イリヤの応援SSです・・・・たぶん。キャラがみんな壊れていますけどギャグなんで許してくださいw