暗い。 目前に迫る闇は遥か彼方まで続いているようで、周囲が消失してしまった錯覚を覚える。 声を出しても一瞬で掻き消えるのだろうな、とリツコは思った。何しろ反響する物体がないのだ。声は直進し、虚空を進み、けれど叩き返してくれる壁はなく。先の見えない夜闇に吸い込まれて消えていくのだろう。 上下左右、遠近。全ての“位置”を把握する要素が一つもない。自らが存在し、周囲との比較がなければ、自分がどこに居て、どんな格好なのかも知りえることはない。視線を動かしても見えるのは暗闇だけだ。いま、まぶたを開けているのか閉じているのか、自身の状況さえもあやふやだ。 そこは、この世の奈落とも呼べる場所だった。 始まりにして終わりの場所。 終わりにして始まりの場所。 何もなく、けれど全てが集まる場所。 彼女は闇に身を任せながら、自分は今、宙を漂っているのか、それとも地面に仰向けに倒れているのか、と考えてみた。五感が消失しているせいか、本来ありえる圧迫感がない。地に足をつけば足の裏に感じるそれ。手で触れば感触として伝わってくるそれ。 しかし、検証して数分。 結局、何もなければ何も分からないことを、身を持って経験しただけだった。 途方にくれ、ため息をついた。 その瞬間。 足元に光が灯ったのを確認した。 楕円上に光源は広がり、深遠だった空間を照らし出す。 光は淡い紫色だった。 下から突き上げるアメジストの柱は彼女の全身を浮き上がらせ、白色であろう白衣を確認させてくれる。頭を垂れると、目の端に金色の毛先が映った。ちょうど肩のあたりで切りそろえられている。重力に逆らい、色彩の花弁を纏ってゆらゆらと揺れている。無重力状態のようだった。 楕円は走った。 直径が二メートル程まで伸びると縮小し、それに伴い幾何学的な模様が掘り込まれた。交差し、反発し、時には呑み込み。 光度を増した楕円はもはや、ある種の名称を持った形を成していた。 ……魔方陣? 科学者である彼女だが、それと同時にオカルトを否定するための知識を有している。敵を知らねば攻略もできず。故に彼女は一目で思ったのだ。これは、オカルト本などによく出ている魔法陣だと。 その楕円状の模様――――――魔方陣がいっそう眩く発光すると、彼女の頭上、つまり陣の真上に当たる空間に同一のものが浮き上がった。半ば挟まれるような立場になったリツコは顔をしかめると、 『――――――、」 それは、彼女を呼び出す声だ。こちらの有無を問わない強制的な。 足元と頭上の魔方陣――――――正確に言うと<召還陣>らしい――――――が動き出す。円状に絡み合った模様の、内側と外側がそれぞれ逆回転し、内側の内側、外から第三層目も二層目とは別に動き出す。独立した回転運動は熱を増し、光の飛沫を上げて奔った。 高速による運動は動体視力を凌駕する。すでに模様は見えず、一つの円盤と化した陣がゆっくりと動き出した。足元のは上に、頭上のは下に。その中央に居るリツコを挟み込まんと狭まってくる。 視界が染まり、身体が消失し。 彼女は、暗闇から消えた。 目を開けると、見知らぬ場所だった。眼下には長く続く階段があり、頭上には鳥居が佇んでいる。森に囲まれた中で、月の光だけが彼女を照らし出していた。 「どうやら、上手くいったようね」 背後から声がしたので、リツコは振り返った。足元まで伸びる白衣の裾が翻り、ドレスの様に宙を泳ぐ。白衣の下は普段着に近い。膝上までのタイトスカートはそのままに、カツン、とヒールを鳴らして反転。クールに決めようとして、 ――――――ドサ。 コケた。 石の出っ張りに躓いたのはハイヒールのせいか、足を交差させてもつれるように転んだ彼女は、雲がかかった月を見ながら唸った。両腕を投げ出す形で仰向けになっている。存在を示す鳥居はただ圧倒的だ。年月を感じさせる古びた表面。風化によってはげた塗装が木々本来の味を出し、歴史を思い出させる。 ふと、頭に浮かんだ言葉。それを転がったまま、リツコは呟いた。 「あなたが私のマスターなの? ロジックじゃないわね、出会いっていうのは」 石張りの地面は冷たく、表面を走る落ち葉も肌寒そうに身をよじった。巻き上げられて空を舞い、向かい風に撃ち落される。人が寝静まった中、彼らは忙しく動き回っていた。 その場所は広い。野球場を半分にしたくらいの面積を持ち、清掃する人間を困らせる。一人ではさぞかし重労働に違いない。二人、いや、三人がかりでもないと一日中箒と踊っていられそうな面積だ。 階段から上がって正面、鳥居をくぐると巨大な建物が目に付く。木造の作りはやや古ぼけて見える。歴史を感じさせる作り構えはしかし、この場所に相応しく居座る主そのものだ。 そこは、柳洞寺の境内だった。 普段は静観な夜の境内には、二つの影がある。のっぺりとしたローブに身を包んだ、その体つきから女性だと分かるもの、もう一つは月夜に金の髪を反射させる麗人だ。二つはほぼ同じ背丈で、向かい合う形で相対していた。 「……召還した早々聞くけど、あなたは本当に英霊なの?」 戸惑いを大いに含んだ疑問詞を吐いた。イレギュラーを予測していた彼女でさえ、今の状況には理解が伴わない。 まったくもって、奇想天外? 問われた白衣の女性、赤木リツコは誤魔化すように肩を竦め、皮肉げに口をつりあげた。 「それを聞くのは野暮ってものよ。人生にゆとりを持ちなさい、マスター」 「……よ、よく分からないけど、忠告と受け取っておくわ」 それがいい、とリツコは頷いた。 「では、あなたのクラスと真名を答えなさい。虚偽は許さないからそのつもりで」 「虚偽も何も、私には隠すものなど何もないわ。真名は赤木リツコ。クラスはマッドサイエンティストよ」 「なっ・・・・!?」 驚愕に大口を開け、ローブから顔を出した絶世の美女、メディアは絶句した。セイバー、アーチャー、ランサーなど、騎士としてのクラスが多い中、『マッドサイエンティスト』なるイレギュラークラスだと目の前のサーヴァントは言う。今回の残り枠はあと一つ、アサシンだけだった。だというのに、山の翁どころかアサシンでもない輩が召還されたのだ。 呆然とする主人を満足げに眺め、マッドサイエンティスト、赤木リツコはややあって口を開く。 「驚くのは無理もないでしょうけど、事実よ……レイラインを見るに、この山門を媒体にして召還したんでしょう?」 「え、ええ。そうよ」 「ならば私はこの山門から離れられないってコトよね。だったら役割は山門を通ろうとする敵の排除かしら」 「……まだ教えてもいないのに。大した推測力ね。クラス特有のスキルなの?」 実際のところ、マスターであるメディアにさえ、目の前のサーヴァントの全容は計り知れなかった。気品を感じさせる風格、物怖じない態度、そして、全てを悟りきったような冷め切った視線。この世を客観的に見据え、自身の結果さえも当たり前に受け止める、そんな狂人じみた観察眼。 その瞳に引き込まれると、全てを見透かされそうで。 バーサーカーを目の前にしたときとは別種の悪感を、メディアは覚えた。 腰が引けそうになる己を叱咤し、サーヴァントに舐められないよう威圧を持って彼女は対峙する。ファーストアプローチだ。今後の優位性を手に入れるには、ここで立場をはっきりさせておく必要がある。 「もう気づいているかもしれないけど、私はキャスターのサーヴァントよ」 本来、サーヴァントとは使役される存在だ。だというのに、キャスターである彼女はさらにサーヴァントを召還してみせた。マスター、キャスター、マッドサイエンティストという、親、子、孫と図式ができるのだ。故にリツコはメディアには逆らえず、その上に居るマスターにも逆らえないことになる。 白衣のポケットに手を突っ込み、リツコは分かったと言わんばかりに頷いてみせた。 地面に浮き上がった影がつられて踊る。 「ええ、ルールを破ったんでしょう? 別に構わないわ。ルールは穴を見つけてかいくぐるのがその醍醐味よ」 「あら、言うわね」 メディアが苦笑した。 「残り物のサーヴァントなんてろくな者じゃないと思ってたけど……マッドサイエンティスト、あなたは中々見所がある」 「マスター、一ついいかしら?」 深刻な表情を浮かべるサーヴァントを見て、何かあったのかと周囲を探る。半径数キロに危険はない。敵ではないとすると、なんなのだろうか、と眉をひそめて向き直る。 「マッドサイエンティストなんて長すぎるクラス名はやめて欲しいの。別に有名じゃないから、真名で呼んでも構わないわ」 そんなことか、と肩の力を抜く。 確かにマッドサイエンティストなんて、長いし言いづらいし、筆者がタイピングするのも面倒である。 月光に照らされた境内の下、確かめるように彼女は言った。 「では、あなたのことはリツコと呼ぶわ。リツコ、この山門、その命賭しても守り抜きなさい。敵意を持って通らんとする輩を、何人たりとも通してはなりません」 一つ目の令呪が発動される。メディアの左手、その甲に浮き上がっている紋様の一画が消費され、光を失った。そして鋭い光が代わりに閃き、リツコの身体を包んだ。広範囲の永続的な補助効果。目的自体が曖昧なために効果は薄いが、何もないよりは遥かに強化される。魔術的にしろ、肉体的にしろ。 気前のいいマスターの言動に驚いたリツコは動きを止め、それから得意そうに胸をそらすメディアに毒づく。 「思いっきりがいいじゃない。見かけと違って」 「ええ。自分でも驚いているわ。私は裏切りの魔女、コルキスの女王、メディア。裏切られ続けた私は、もう宗一郎様しか信用ならないと思ったんだけど……皮肉なものよね。死んでからよ、こんなに信用の置けそうな人間と出会うのは」 自嘲げに笑い、一房だけ編まれていた髪が揺れる。 「裏切りの魔女、か。だったらどうして私には信用が置けるのかしらね? まだ出会ったばかりだというのに」 試すような口調だ。それを感じ取ったメディアは佇まいを直した。正面に向き合うのは白衣の美女。金髪は肩にかかるほどで、目下には一つ、泣きぼくろがある。その全てを見透かす瞳を正面から見返し、喉を鳴らす。クツクツとした声は自嘲だ。裏切りの魔女と呼ばれた自分と余りにも似すぎているから。 同じ境遇を経験したからこそ感じる親近感、とでも言おうか。 故に、自らが媒体となって呼び出したサーヴァント。 境遇が似れば性格も似る。雰囲気からその考え方に至るまで、彼女には、到底他人とは思えない、何か通じるモノがあった。 「それは簡単よ。あなたと私は似ているわ――――――生きるのが、不器用なところとか、ね」 鳥居を背にしたリツコが目をつむり、そうね、と同意する。 裏切りを知るからこそ、裏切らない者を知っている。 ローブが背を向け、リツコも踵を返した。去っていく細い背中を見送った彼女は、霊体化しようとして、苦笑しながら止めた。今夜は月が綺麗だ。のんびり月見と洒落込もうじゃないか。 境内からの一段目、石段に腰を下ろし、リツコは空を仰ぐ。 さっき転んだときにうった腰の辺りが、ズキズキと痛かった。 柳洞寺の山門を任されたリツコは結構暇だった。以前、全身タイツの長槍を持ったサーヴァントと交戦したが、黒猫印の痴漢撃退スプレーなど、発明品を行使して追い返した。唐辛子成分と劇薬とマイナス概念の愛情を注ぎ込んだ特注品だ。文字通り泣く泣く帰っていくランサーを尻目に、リツコは己が発明品を誇ったものだ。 事をメディアに伝えると、ぜひその発明品が欲しいと言ってきたので献上した。今度、バーサーカーに効くかどうかを試してみるそうだ。唐辛子成分は効きそうにもないが、マイナス概念の愛情はなんとなく効きそうだ、とリツコは思った。 メディアのマスターである宗一郎は寡黙だった。殆んど喋らないので一瞬、某髭総司令の姿が思い浮かんだが、銀河の彼方へ追い返した。 せっせと神殿に魔力を蓄える合間、リツコとメディアは男への愚痴を肴に酒を煽った。 凄い話題が合った。 凄い意気投合した。 お互いを同士と考えるようになった。 ――――――そして、静けさが耳に五月蝿い、ある晩のこと。 それは、銀の旋風だった。蒼を交えた風が石段を駆け上り、境内へ至らんとさらに疾走する。半ば宙を飛ぶような加速。脚力を持って大気を切り裂くなど、到底生身の人間にはできない芸当だ。しかし物理法則を超え、幻想を実在とした人物がそこに居た。 真下から強力な魔力、存在感の塊が駆け上ってくるのを感じ、レイラインから警告が入る。メディアが言うにはセイバーのサーヴァントらしい。ここから見るに、マスターらしき人物が居ない。隠れているのか、とも思えたが、メディアの結界内ではそれも無理な話だ。単独行動を命じられたのか、独断でここに訪れたのか。 どちらにせよ、自分の出番だ。 霊体から実体へと至り、遅れたように白衣が揺らぐ。山門前、門番としての役割を果たすため、彼女は立ちふさがる。 何人たりとも通す訳にはいかない。 山門前の戦闘は境内に至るための戦闘だ。故に令呪の効果が増し、メディアからのバックアップもある。 「あら、お急ぎでどちらまで行かれるのかしら、可愛い剣士さん」 「――――――なっ!?」 マントの如く白衣を広げ、仁王立ちする女性。 場違いな格好をする彼女を前にし、鋼のドレスを纏った少女、セイバーは動きを止めた。 英霊にしては現代的すぎる背格好。どうみても現代に生きる人間のそれだ。 「サーヴァント……なのか?」 眉をひそめて問うてくるセイバーを一笑し、リツコは高らかに声を上げた。 「マッドサイエンティストのサーヴァント、赤木リツコよ。よろしくね」 「真名を告げるか」 苦虫を噛み潰した表情を察知したリツコが、苦笑してセイバーを遮った。そちらの真名が知りたい訳ではない、と。 リツコから三メートルほど下、両手を下げた状態で静止する銀蒼の騎士。同じ金髪にしても輝きが違う。羨ましいわね、と金糸のようなセイバーの髪を見た。そして観察を続ける。隙という隙が一つも見当たらない。かなりの技量だ。まともに打ち合ったら勝ち目はない。そもそもリツコは騎士クラスではないのだ。どちらかといえばキャスターのように遠距離サポート系だ。 接近を許さぬと身構え、殺気に応じたセイバーが腕を垂らす状態で構える。セイバーの名だ。剣を使う英霊なのだろが、肝心の得物は見当たらない。 いや。 ないのではない。存在するのに、見えないだけだ。 その構えから手には何かしらの長物が携えられているのが予測できる。無手だと油断するのは馬鹿といえる。見えない、何か。この場合は剣だろう。剣自体が透明化しているのか、魔術的付加で姿を隠しているのか、この時点では推測しかできないが。 「そこを退いてもらおうか」 視線も厳しく強烈な殺気だ。幾人と人を殺したからこそ得られるその風格。殺人者ではなく、殺戮者でもなく。千、万を殺しつくした、まさしく英雄。 常人が気絶するほどの殺気をやり過ごし、リツコは飄々とした態度で答えを返す。 「却下、よ。一応セオリー通りにこう言いましょうか。ここを通りたければ、私を倒してみなさい、と」 「無論、そのつもりだ……!」 瞬間、セイバーの体が掻き消えた。足場の悪い石段上だというのに、微塵も感じさせない動きは如何なる神業か。平地を走るように接近した彼女は勢いそのまま、今は風の結界に包まれている両手剣を斜め上方に切り上げた。風の剣が風を切る。真空を尾に引きながら肉薄する剣筋。上半身を切り裂かんとするセイバーの動きに、リツコは余裕を持って身を捻った。 対象にかわされ、振り上げられた状態。セイバーは踏み込んだ足をさらに地面に叩きつけ、全身を持って軌道を変えた。手首に多大な負荷がかかる。だが知れたこと。細身であって強靭なバネと化した腕が慣性を食いつぶし、上方から下方へと強制的に剣を振り下ろす。 袈裟切りの一閃。 一瞬の攻防、セイバーの思い切った攻めだ。 回避の後に、追い討ちをかけるように迫る銀光はしかし、リツコの舞い上がった白衣を切り裂くだけに終わった。 右側の裾が断ち切られ、夜風に流される純白の布。 「――――――っあッ!!」 身を低くしたセイバーは押し切るように駆けた。上方に居座る敵の方が位置的に有利だ。このままでも問題ないにしろ、上方を取った方が事を運びやすい。 先程の剣戟で身を引いたリツコの横に並ぼうとし、 「油断大敵よ」 「なに!?」 足元に描かれた魔法陣を目にして驚愕する。 ……嵌められた。 元々リツコは魔方陣の真上に立っていたのだ。セイバーは階段下とあって死角になる場所。その位置に予め罠を置き、身を引くのと同時に踏み込ませる。本来なら怪しんで近寄らない陣だ。そこに誘導させたのはリツコの度胸、器量のよさの賜物だった。 それは一瞬だった。 特定の条件で発動する高速魔術。予め呪文をこめておくことによって、シングルアクションで大魔術を発生させる魔法陣。 セイバーの直感が告げた。危険だ、と。 ガシャン、と鉄のブーツで地面を叩き、反動で後方へ。 轟音。 灼熱を伴った魔力の塊が弾け、セイバーの鎧を溶かさんとし、 霧散し、消滅した。 「――――――もの凄い対魔力ね」 メディアに作成してもらった罠を無効化され、リツコは驚愕と共に舌を巻いた。これでは粗方の魔術はキャンセルされてしまうだろう。せっかくメディアにいろいろと作ってもらったのに、と彼女は落胆の表情を隠しきれない。 好機と見たセイバーが再び接近する。 リツコは懐に手を入れ、その右手に鈍く光る刃物を四本、挟める。俗に言う黒鍵の投合スタイルだ。彼女の場合、概念武装ではなく、医療用のメスであるのだが。 大手を振って投合。 大気を切開し、患者たるセイバーに迫るメスが、空中で叩き折られた。彼女の一撃だ。 足の踏み込みと見えない剣の一振りで屠られた投合群は、銀の欠片となって散っていく。それを見送らぬまま、追撃の手をセイバーはうった。接近。再びメスが飛来。弾き飛ばす。石段を踏む。三度目。なんなくこれも弾く。無駄だということが分からないのか、とセイバーは怪訝に思った。 そして、五度目。 この間に彼女らの距離は確実に詰まっていた。あと数歩だ。眼前に接近し、一刀の元に切り伏せてみせようと意気込む。 飛来物を半ば反射的に叩き落す。 「あら、残念」 見上げた頭上、リツコは漆黒のサングラスをかけている。セイバーが眉をひそめた瞬間。叩き落した物が破砕した。 強烈な閃光と鼓膜を突き破らんとする高音。金属を引っ掻くような音だ。 「――――――クッ」 セイバーは瞬間的に目を覆うが僅かに遅れた。目を一時的に焼かれ、聴覚器官を揺さぶられたセイバーはたたらを踏んだ。 「いかに英霊といってもベースは人間よ。視覚も聴覚も、普通の人間より優れているぶん、ダメージも大きいでしょうけどね」 「小癪な真似を!!」 「あら、正面からぶつかるだけが戦いじゃないわ。それとも外面に拘るだけのなの、騎士道っていうのは」 体をふらつかせたセイバーが突貫する。剣を掲げ、小細工には屈しないと言わんばかりに。 ……そうね。真っ直ぐに正々堂々と。いい心構えだわ。 だがそれは力のある者だからこそ言えることだ。相手を単体でねじ伏せ、屈服さえられる力、技量を持つ者が堂々としていられるならば。 力がない者はどうすればいいのか。 「決まっているじゃない」 乱雑な剣戟を避け、空いた胴に体当たり。大したダメージにもならないそれも、距離を取らせるには十分だった。 「知恵と――――――」 黒猫印の閃光弾だ。特殊加工のサングラスと耳栓をしているリツコは影響を浮かないが、セイバーには直接届く。光は兎も角、発せられる音は特殊音域の遮られないものだ。耳を塞いだどころで直接鼓膜を揺るがし、脳さえも揺さぶる。 打ち合うことはできないのだ。距離を取り小手先で相手を翻弄する。 「策略と――――――」 予め用意されていたトラップ、固定の魔術だ。対魔力が最高位のセイバーだが、発動時の一瞬は動きを縛られる。その瞬間を狙い、足を止めている騎士に炸裂弾を叩き込む。黒猫印が歪曲し、剥がれ、内壁が融け、内部の薬品諸共塵と消えるその狭間に。 轟音を伴って、爆風が吼えた。 傷はつかないまでも吹き飛ぶ体。セイバーは超人的な反射神経で宙で姿勢を制御し、無難に着地を決める。打ち付けられた剣と地面が接触し火花が散った。 「――――――強者を見返してやるっていう、ささやかな心意気よ!!」 「アア――――――ッ!!!」 リツコの投合するメスを避けて、一瞬で距離をゼロにするセイバー。目前に迫る白衣を見て、戸惑うことなく一閃、ニ閃。しかし、衣服を穿ちながらも、体を傷つけることはなない。手ごたえがない。歯噛みした彼女は振り下ろす剣を立て直し、なぎ払った。ゴオン、と風を伴う強力な一撃。 バックステップで階段を跳び、横一文字に裂かれた白衣を見てリツコは舌打ちする。だが、同じく舌を打ったのはセイバーも同様だった。入ると思われた一撃をかわされたのだ、それも紙一重で。 ここに来てセイバーは疑問に思った。剣のサーヴァントともあろう自分が、まだ一撃もまともにいれていない事実を。危なげに回避を続ける敵サーヴァントだ。あと一押しで倒せるはずである。だというのに、あと一押しが限りなく遠く感じる。 必殺の剣が、避けられているという事実。 ギリ、と歯を鳴らし、セイバーは剣を構える。相手は雲のような動きだ。そこにあってそこにはない。切るのは実体なのに実体が切れない。 「悪いわね、私は元々打ち合うのが苦手なのよ」 「くっ……」 戦いにくい相手だ、とセイバーは思った。 確かに負けはしないだろう。だがこの不利な地形もあって、勝つこともできない。筋力がない代わりに俊敏――――――しかも回避に特化した動きだ。目前で見切り、当たりそうで当たらない。攻める相手は精神的に焦り、その焦りが隙を生む。現に歯噛みしているのは自分だ。絶対の自信を持つ剣が受けもされず流されもせず。刃を合わせることもなく逃げられる。 ……焦るな。 相手は勝ちにきていない。ただ回避し、そこに居るだけだ。その簡単に見える行動だが、これ以上なく困難であるはずだ。必ず勝機はある。 「セイバー。あなた、本気じゃないでしょう?」 「なに?」 「だって剣を隠しているんですもの。サーヴァントが最強たる所以は宝具にあり。それくらい常識よ?」 「――――――」 手に感じる頼もしい重み。もう一度握り、ややあって口を開く。 「その通りだ……! 私がセイバーたる所以、それを持って貴様を断ち切る!」 瞬間。 蒼の騎士から、爆風が生まれた。周囲の空間に流れ込み、軽い空気を押し出し、風王結界は自らの枷を引きちぎった。故に生まれるのは爆風。戒めとしていた風が解かれ、内部の聖剣が姿を現す。最低の装飾のみが施された実用性に富んだ外装。両刃は研ぎ澄まされた鏡の如く。 ――――――約束された勝利の剣だ。 完全に姿を晒した騎士王の剣はすでに光を漏れ出している。星の輝き、神造兵器だ。聖剣の中で最も高位の、聖剣の中の聖剣。人々の願いが形になったその化身。 距離は五メートルほど離れている。リツコは聖剣を眩しげに目を細め見やり、皮肉げに苦笑した。 ……美しくあれ、か。 私たちには似合わない言葉だ、とリツコは確信する。彼女の持つ聖剣とは正反対の位置に居るからこそ分かる。アレは人々の願い、しかし“綺麗な願い”だけが形取られたものなのだと。恐らく、アレと対になる正反対の属性を持った聖剣があるはずだ、とも。 「――――――無様ね」 「なに……?」 「聞こえなかったの? もう一度言うわ――――――無様ね」 セイバーがリツコを睨みつけ、聖剣の光が増す。もはや造形も見えない。光の剣はエネルギー兵器だ。その光量をもって全てを断ち切るはず。 キイイ、と甲高い振動音。 銀の少女をさらに照らし出し、金の髪を光に流し。 碧眼をもって彼女は対峙した。 ……美しい。 騎士王然としたその光景は、後光が差しているようだった。理想の王としてあり続けた少女。つねに気高かった少女。 眩しく、誇らしく。 本当に美しい。 「ふふっ、これは勝てそうにもないわね。そう思わない? 覗き見している誰かさん」 ちら、と茂みの方へ視線をやり、すぐに興味はないと正面に戻す。 相対するのは光の騎士王。 対するのは堕ちた狂科学者。 セイバーはもはや躊躇わない。自信を蔑ろにされたこと、そして勝利を掴む己が剣に誓って。 「約束された――――――」 振りかぶる正面、白衣をはためかせ、光に刃向かいながら、リツコは心底おかしそうに両腕を天に掲げた。 それは堕ちた者の悲鳴。 光には届かない者の嘆き。 そして尚、堕ちても尚、自信を貫く傲慢さ。 「聞こえていないでしょうけど、いいことを教えてあげましょうか」 私はね、と前置きして、 「私は性根が腐ってるのよ。だからかしら、宝具も持ち主に似て捻くれていてね――――――」 セイバーは光の粒子を撒き散らしながら振り下ろす。それは敵対する者を全てなぎ払った最強にして最凶の聖剣。絶対的な破壊力で勝利を奪い取った覇者の力。 彼女の自信と。 彼女の誇りと。 彼女の在り方の結晶だと……! 「――――――勝利の剣!!!!!」 全てを蒸発させる光の奔流だ。残るものなどない。ありとあらゆる物体が勝利の名の下に屈服され、あるのは敵対する者の消滅のみ。 リツコとて例外ではない。 対抗するのは同出力の兵器を持ち出す他ないだろう。星の神造兵器に対抗できる宝具など、歴史を紐解いても五指に満たない。 迫る。 美しく、清く、それ故に全てを焼き尽くす善意の白刃が。 抵抗することもなく。 リツコは蒸発し、聖杯戦争から脱落する瞬間、 「――――――死ぬ瞬間じゃないと、真名開放できないのよね。これが」 コンマ数秒、光の向こうにセイバーの姿が見えた。リツコは口をつりあげ、相手が驚くであろう、その瞬間を想像して鼻を鳴らした。 「これは私の教訓であり、あなたに送る餞の言葉よ――――――"An absolute thing does not have one"」 光が奔り、一瞬でリツコの体を蒸発させる。 問答無用だ。 セイバーが勝利を確信した、その瞬間。 小悪な宝具が、遅れて展開した。 「――――――馬鹿、な」 ……持ち主が死亡してから発動する宝具だと!? セイバーの足元から一気に熱量が噴き出し、エネルギーの塊は柱となって天に昇った。 それはここではないどこかの世界では、<指向性N2兵器>と呼ばれていた代物だった。 魔術的ではない、純粋な熱量の前に。 銀の騎士王も、塵も残さず消滅させられ、 「――――――無様ね」 ……なるほど、無様な死に方だな。 セイバーが最後に聞いた声は、確かに的を得たものだった。 「――――――あら?」 ベッドの上で目を覚ましたリツコは首を傾げた。何かとてつもなくファンタジーでスリリングな夢を見ていた気がしたからだ。 「……なんか、キャラが違ってた気もするけど。許容範囲よね」 朝日に照らされた自室で、彼女は伸びをした。 今日も今日とて、忙しい日常が始まる。 <END> |
〜あとがき〜
うわあ〜、微妙なw
セイバーファンの方すみません。石を投げないでください。ごめんなさい。
ホロウをプレイして、士郎&セイバー組みを倒したバゼット&アヴェンジャーに感動し、それならリツコさんも倒してもらいましょうって具合です。
いや、かなり適当ですけどねw
りっちゃんがサーヴァント化したり、セイバーの剣を避け続けたり。ご都合主義の本格ギャグ(?)ですのでご容赦ください。
オチも夢オチなんていうお決まり通りですしw
凄く微妙な、十五万ヒット記念SSでした。