神造世界_心像世界 第四幕 「運命の日」









 晴れ渡る空、ギラつく太陽。

 日本の中心である第三新東京市は今日も暑い。

 

 「今何時だ?」

 「9時45分ー、開演まであと15分」


 そんな炎天下だと言うのに、NERV前の公園敷地内には大勢の人だかりが出来ている。

 天然のサウナと化したこの熱地獄に誰が好き好んで長居するというのか。

 普段ならばクーラーの効いた建物の中にこもっている人間たちも、今日ばかりは汗水たらして熱気に耐えていた。

 相田ケンスケは同行してきた友人たちと共にスポーツドリンクで喉を潤す。

 念のためにクーラーボックスに入れてきた大量の飲み物が役に立ったというものだ。

 排出された分だけ水分を吸収しなければすぐに熱中症になってしまう。そんな愚行をこのイベントで起こす訳にはいかない。

 
 「ふぃー、ようやく開演か。でもカメラとかは厳禁らしいからな、分かってるな? ケンスケ」


 ジト〜っ、とした視線を浴びて、ケンスケは乾いた笑いで誤魔化した。今日の朝まで、どうにかしてNERVの検閲を逃れようと孤軍奮闘していたのは内緒だ。

 一般を含めて行われるNERV主催の慰霊祭は検閲が厳しくて有名である。

 カメラなどによる撮影はもちろん禁止であるし、隠し撮りも見つかった時点で強制退場させられてしまう。

 音声の録音はMAGIによる特殊音波のジャミングで封じられていた。

 故にこの慰霊祭はマニア等の間では“幻の式典”と有名なのだ。

 ネット上でも流れている写真、音声はごくわずかであるのも拍車をかけていた。

 だがその詳細はNERVによる話題性を狙った戦略だ。その事実を知っている者は関係者以外いないだろう。

 隠されると余計に知りたくなるのが人間であり、その習性をうまく宣伝利用したのがNERVだった。

 TVでも報じられるのは会場の門前までである。


 「く〜っ、苦節三年! ようやく俺もこの舞台に上がることが出来たか」


 過去連続でチケットの抽選に落ちていたケンスケとしては、今日この日がいかに待ち遠しかったのかは語るまでもない。

 チケットを得るには一口千円のNERV募金をするのが条件としてあった。

 その募金も一人一口までとなっており、どんなに大金を積んでも裏口で当選させることはない。真っ当な抽選で決まる仕組みだった。

 しかし当選した者がオークション等で売り買いするのは禁止されていないので、金に余裕のある脱落者たちはそこでチケットを得ようとする。

 慰霊祭に興味のない者も募金をするのはこのためだ。

 偶然にも当選すれば買値の何十倍もの値段で売り飛ばすことが出来る。まさに金色の卵である。

 NERVとしても、この募金はやましいことなく資金を調達できる方法なのだ。




 開演間近――――――慰霊祭だというのに、会場は熱気に満ちていた。

 所詮、サードインパクト被災者の鎮魂というのは名目上のことだ。

 この式典はNERV主催のお祭りであり、世界中の軍事マニアたちの聖典なのだ。

 ここ一週間で動く金はとてつもない額であろうことは安易に予想できるではないか。


 「でもすげえよな。ケンスケって“あの”チルドレンと知り合いなんだろう?」


 仲間の一人が目を輝かせて聞いた。


 「ああ。詳しいことは言えないけどな」

 「くそ。いいなあ、チルドレンってかなりの美少女だって噂じゃないか」

 「なに、今日はイヤでも拝むことになるんだから楽しみにしとけって」


 ケンスケは高校に進学してからミリタリー研究会に入部していた。

 そこで趣味の合う同好会の友人たちと費用を出し合い、今ここに至るのであった。

 幸いケンスケは自力でチケットを手にすることができたので、あまった予算で快適な“研修”を行うことが出来るようになったのでウハウハだ。

 
 「ファーストチルドレンとセカンドチルドレン、か」


 寡黙で絶世の美少女だった綾波レイ。

 ガサツで口は悪いが容姿は完璧だった惣流・アスカ・ラングレー。

 この二人とは中学を卒業してからはほとんど顔を合わせることがなくなった。

 大学を卒業しているアスカはそのままNERVに就職したし、レイもアスカと同じくNERVに就職。秘書見習いとなる。

 ごくごく一般人であるケンスケが中卒でNERVに入れる訳がない。彼はセオリーどおりに高校へと進学したのだった。


 (トウジ、シンジ。あの世で仲良くしろよ?)

 
 ふと、中学時代に仲の良かった友人達を思い出して、ケンスケは空を見上げた。

 チルドレンとなったジャージの友人も。

 気弱だった線の細い友人も。

 今ではケンスケの思い出の中だけの存在になっていた。

 トウジが還ってきていないことが判明したときのクラス委員長の反応を思い出す。

 あのときの形相はすさまじかった。

 彼が片足を失ったときよりも取り乱していたのは仕方がないことだろう。

 これでシンジが生きていたらヒカリに殺されていたかもしれない。

 鬼の形相でシンジへの呪詛を吐く委員長を思い出し、シャレにならんと頭を振った。

 ヒカリとはどういうわけか同じ高校に入学したのだが、クラスが違うので話はしていない。未だに委員長をやっているそうなのだが。

 
 「お、始まるみたいだ」


 思考の海から戻ってきたケンスケは、目の前の舞台に集中するのだった。







 「暑い暑いー」


 青年はそう言って真上の恒星を恨みがましい目で見た。だからといって日射量が弱まる訳でもなく、変わらず熱線を彼に浴びせ続ける。

 いいかげん肌がチリチリしてきたシンジは散歩を諦めて喫茶を目指す。

 喫茶「るんな」。以前、加持に連れてこられた喫茶だが、あれからシンジはここをよく訪れていた。

 コーヒーもうまい、食い物もうまければ言うことはないだろう。

 カランカラン。「いらっしゃいませー」

 すでに顔なじみになったシンジを見て、ウェイトレスは微笑んだ。それに笑顔で返す。

 その反応に照れながら彼女は水を持ってやってくる。


 「ご注文は何にしますか?」

 「アイスコーヒーをお願いします」


 「かしこまりました」伝票にサラサラと書き込んでから店の奥へと消える。額の汗をぬぐいながらシンジは息を吐いた。

 心地よい店内からすれば外は砂漠だ。

 よくもまあこんな暑い日が続くものだ、とシンジは嘆息した。水不足とかは大丈夫なのだろうか。

 表を通るサラリーマンのオジサンに尊敬してしまう。家庭を守る男は強いのだろう。

 


 店内にはチラホラと客が見える。

 普段からすれば客は少なく感じれられた。


 「お待たせしました。アイスコーヒーです」

 
 グラスに満たされた漆黒の液体が涼しげで良い。


 「なんか今日は空いてますね?」


 言ってしまってからシンジは失言だったことに気づいた。「あちゃー」さすがにお店の人に空いてますね、は不味いだろう。

 バツの悪そうな表情のシンジに苦笑いしながらウェイトレスは答える。


 「今日はあの日ですから」

 「あの日?」


 一瞬、女の子が辛そうな日を思い浮かべたのだが、指し示されたTVに映った映像を見て納得。

 『サードインパクト被災者慰霊祭』

 そう画面にはある。会場となるNERV前公園の大きな門の前で、なにやら実況しているようだ。この暑い中ご苦労様である。

 
 「たぶん皆そっちに行っちゃってるんだと思います。あとは家にこもってる人がその残り」

 
 暑いですからね、と彼女。


 「でも夕方になれば慰霊祭に行っていた人たちが流れてきますから、かなり混雑すると思いますよ」

 「稼ぎ時って訳か」

 「時給制のわたしには地獄の時間でしかないんですけどね」


 たしかに、とシンジは同意した。

 「すいませーん」「あ、はーい。じゃあ、失礼しますね」客に呼ばれてウェイトレスは去っていった。

 アイスコーヒーで渇いた喉を潤す。

 そういえば、とシンジは今朝のことを思い出した。

 今考えれば、あの時リツコが急いでいたのもこのせいだったのだと納得できる。

 朝帰りして早々、息もつかずにまた出かけていったのには目が点になったのだが、そういうことだったのだ。

 家に帰ってきたのは何か必要なものがあったのか、それとも様子を見に来てくれたのか。

 前者が8割で残りに2割、というところだろう。

 

 
 この時間帯だとちょうど慰霊祭が始まるはずだ。

 NERVの(リツコの)関係者として会場に顔を出すのも悪くはない。

 
 「でもなあ」


 はっきり言って女性陣と会うのが嫌だ。アスカ、レイ、ミサト、マヤ、そしてユイ。

 自分はどうして真っ当な女性の知り合いがいないのだろうか。

 放浪中にしても出会った女性は一癖も二癖もある女性だったような気がする。

 もしかして自分には女難の相が、なんて本気で考えてしまう。

 あーイヤだイヤだ。シンジはブルーになりかけたテンションを再び上げるべく席を立つ。

 お代を払ってドアをくぐると、そこは灼熱の世界だ。


 「みーんみんみん。みーんみんみん。まるで世界がフライパンになったみたい」


 暑さで頭がおかしくなりかけた。








 シンジは木陰道を歩いていた。

 日に照らされている場所を歩くよりはかなり涼しい。

 第三は都市として発展していながらも緑は豊かだ。故に外観的にも住み心地にもプラスになっていた。

 目に良いとされる緑の道をシンジは上機嫌に歩いていく。

 外見が華麗なだけに、行き違う女性たちが歩みを止めてシンジに見惚れているのだが当の本人は気づいていないようだ。

 長い黒髪をサラサラとなびかせ、太陽光がその髪に反射した。


 「ん?」


 ガサッ

 足元の茂みが音を立てて揺れる。「なんだろう・・・・ぼけモン?」たぶん違う。

 まさかこの都会で熊が出てくる訳でもないから、シンジは警戒もせずに茂みを掻き分けてみた。

 だがそこには何もいない。はて、と首を傾げて気配を探る。虫くらいではあの大きな音は出ないだろう。小動物か何かだと見当をつける。

 茂みを漁る華麗な長髪の青年――――――さぞ絵になっていることに違いない。

 他人の視線をひしひしと背中に感じる訳でもないシンジはせっせと探索を続ける。

 途中、親切な女性が「何かお探しですか?」と声をかけてくれたのだが、彼はやんわりとそれを断った。なぜか第六感が感じたからだ、危険だと。

 ガサガサ。

 おりゃ。

 ガサッ

 そっちか。

 ガ、ガガガガガガガガガガガガガガガ。

 揺れてる! 揺れますよ皆さん!

 なぜか皆明後日を向いて無視をした。見なかったことにしたらしい。

 さすがに疲れてきたシンジは賭けに出ることにした。


 「あー、疲れた。もう帰ろうかな」


 手を止めて彼は空を仰いだ。

 ガサ・・・・ガサ。茂みが揺れても彼は反応しない。


 「さて、もう行きますか」


 踵を返し、茂みに背を向けるシンジ。それに反応し茂みが大きく揺れた。


 「って、今だ――――――ッ!!」


 それは神速。

 振り返り際に鬼のような形相でシンジは茂みに特攻した。

 少し自分でもキャラが違っているように感じるのだが、たぶんそれは暑さのせいだろう。だが断じて頭がパーになったわけではない。

 たぶんホントだよ?

 そして手に感じる感触。

 なにやらふにょふにょして、微妙に硬い。そして温度はぬるま湯、といったところか。


 「え?」


 ――――――その日、碇シンジは運命に出会った。







 馬鹿らしい。リツコはムシャクシャする気持ちを静めるためにコップを一気に仰いだ。

 喉を通る冷えた感触がたまらない。「やはり夏は麦茶に限るわね」某友人はアルコール入りの麦茶を好むのだろうが。

 気の進まなかった説明会を終えた頃にはヘトヘトだった。

 幸いにもこの後に自分の出る必要はない。このままゴートゥーホームといきたい訳だ。

 だが技術部の一人としてここでバックれる訳にもいかない。なぜか胃が痛んだ。

 外では碇レイ、惣流・アスカ・ラングレーのチルドレン両名による講演の真っ最中である。今日一番の声援が上がったのは言うまでもないだろう。

 その姿を目に焼き付けるがごとく食い入るように凝視する男たち。

 ハァハァしてる者や目が血走っている者たちもいる。

 どこからか「売れるー! これは以前よりも売れるぞー!」なんてどこかで聞いたような声もした。


 「まったく良いご身分ね。まるでアイドルみたいじゃない」


 事実その通りなのだが。

 新生NERVの広告塔としては一番のハマリどころである二人だろう。


 「早く家に帰りたいわね・・・・」


 はあ、と焦燥感が詰まったため息を吐いて体外に追い出す。

 リツコは露の付いたコップに麦茶を注ぐ。コーヒー好きの彼女だが、こんな時にまでホットコーヒーを飲むような真似はしない。

 
 「・・・・体調が悪いって言ってもう帰ろうかしら」

 「ダメよりっちゃん、仮病は」

 「・・・・顧問」


 低いテンションをさらに下げる人物に出会ったリツコは本気で憂鬱になった。会いたくない人物ベスト1のその人。

 ユイはコップを取り出し自分のそれに麦茶を注ぐ。そしてコクコクと飲み干ていく。

 妙に艶かしい喉の動きを見たら男たちは顔を赤くしただろう。だが生憎リツコは女だった。

 ぷはーっ。「生き返ったわー」ニコニコ。

 何がおかしいのだろう。人の顔を見て笑うなんて馬鹿にしているのだろうか?


 「もう、りっちゃんったらそんな顔しちゃって。美人のお顔が台無しだぞ♪」


 ピクッ

 隊長、こめかみに青筋が発生しました。気にするなそれは初期症状だ問題ない。衛生兵ー! 衛生兵ー!


 「昔はもっと笑顔が多かったのに。ああ、でもナオコもいつもブスってしていたっけ。懐かしいわ」

 「母は母です」

 「そうかしら。子は親に似るって言うわ。それに親子なんだから似て当然じゃないの」


 ビクビクビクッ

 隊長! 隊長! 落ち着け焦ったらそれで終わりだここはなんとしても切り抜けるぞ! うわー死にたくない! 隊長、衛生兵が錯乱しました!?


 「いいわよね、りっちゃんも。偉大なお母さんじゃないの」


 ブチぃッ!!!!!

 あ。

 ドガンッ!!!!!!!!!!!


 「ちょ、大丈夫、りっちゃん!?」

 「だ、大丈夫です」


 台に頭を思いっきり叩きつけたリツコを心配するユイ。誰のせいでこうなったと思ってるんだ。

 赤く腫れたおでこをさする。涙目だがリツコは泣かなかった。だって大人の女の子だもん。

 
 「本当に体調が悪いみたいね・・・・ゲンドウさんにはわたしから言っておくわ。今日は帰りなさい?」

 「はい、そうします」


 願ってもいない提案だ。多少危険な橋を渡ったが、これでプラスマイナスゼロだろう。

 マヤなら喜んでユイと後片付けを頼まれてくれそうだし、やり残した仕事もない。

 嬉々としてリツコは帰り支度をすませる。その間約一分。

 
 「ミサト・・・・普段働かない分、せいぜいキリキリと舞いなさい」


 






 「あーダルー」

 「ちょっと、ミサトー。暑苦しいから近寄らないでよー」


 三十路過ぎの女が17の女性に絡んでいる。どんな映画だ?


 「葛城二佐。仕事はまだ終わっていません。ふざけないでください」

 「もうレイまで。二人してわたしを虐めるわ。ヤユヨ」

 「なにがヤユヨ、よ。ヨ、ヨ、ヨ、でしょうが」

 「知ってるわよそんなこと」


 ミサトは口を尖らせて言った。

 問題なく式典は進み、今日やることは全て終わった。

 式典は二日がかりで行われるので、慰霊祭が終わった訳ではないのだが。

 
 「後片付けなんて面倒くさいじゃないの」

 「たしかにそうだけど・・・・仕事だから仕方がないじゃない。給料もらってる身なのよ? アタシたち」

 「うっ、それはそうだけど」

 「この給料ドロボウ」


 ぐさっ

 >かつらぎ みさと は 40の ダメージを うけた


 「これが終わらないと帰れないのよ? いい加減諦めなさい」


 まったく、とアスカは呆れてため息を吐いた。これではどっちが上司なのだかわからない。

 そうしている間にもレイは黙々と作業を進めていた。

 さすがに自分だけやらない訳にもいかず、ミサトは渋々と作業を開始する。

 
 「これが明日もあるのよねえ・・・・嫌になるわ」

 
 口には出さないが、アスカもそれには同じ気持ちであった。

 今日だって太陽の手厚い歓迎の中で講演をやらされたのだ。精神的にも体力的にも疲れ果ててしまった。

 聞いたところによるとリツコもダウンして早退したらしい。ミサトはズルいとか言っていたが、一番ハードスケジュールだったのがリツコだ。文句は言えないだろうに。

 三人は早く帰りたいがために手を動かし続け、三十分後、ようやく全ての片づけが終わった。

 

 「レイ」

 「お母さん・・・・!」


 嬉しそうにユイの元へと向かう。なんか子犬みたいだなあ、とアスカは思った。

 
 「ユイさんもお帰りですか?」

 「ええ。ちょうどいいわ、ミサトちゃん達も一緒に帰りましょう?」

 「そうですね。アスカも構わないわよね?」


 もちろんよ、と頷くアスカ。

 こうしてNERV美女軍団が結成されたのだった。

 当たり前のように男性職員達の視線を独り占めにしていく一行。女性職員達は、自分では敵わないと悟っているために敵対行動もとらない。

 
 「みんな、今日はお疲れ様。疲れたでしょう?」

 「そんなことはないわ」

 「またまた〜、強がっちゃって。レイだって作業しながらため息ついてたじゃないの」


 あれは嫌気が差した表情だったわね、とミサト。


 「ふふっ、そうね。わたしも疲れたわ。早く帰ってシャワーを浴びなきゃね?」

 「それにお腹も空いたし」

 
 アスカはお腹をさすりながら言った。

 そう言われれば、とミサトとレイも急に空腹感を感じ始めた。

 考えてみれば、お昼にとった軽食意外、今まで何も食べてはいない。空腹感を感じるのは、すでに夕食時なのだから当たり前だった。

 
 「うー、アスカがそんなこと言うからお腹減っちゃったじゃないの」

 「別にアタシが言ったから減った訳じゃないでしょうが」

 「だったら今日は外食にしましょうか、皆で」


 ユイの提案にアスカとミサトは顔を見合わる。「あのー、明日も式典の続きが」「大丈夫よ。ゲンドウさん達が頑張ってくれているから」ニッコリ。

 なかなかに殊勝なことをするゲンドウだった。


 「・・・・ならいいか」

 「・・・・そうね」

 「問題ないわ」


 三者は納得して頷いた。


 「じゃあ、出発〜」


 本当に一児の母か、と疑いそうになる掛け声と共に四人はNERVを去っていった。

 案の定、夜の街でユイがナンパされたのは言うまでもない。








 時間は少し遡る。

 NERVを早退したリツコはいつも通りに家のチャイムをならし、いつも通りにシンジのお出迎えがあった。

 が。

 
 「・・・・」


 なにか、違う気がする。

 シンジはいつも通りの笑顔だ。ちょっとクスクス笑いは恐いが、リツコももう慣れてきた。だから問題ない。

 香ばしい夕飯の匂いもいつもと同じだ。

 ゴシゴシ。

 じーっ


 「・・・・?」


 どうしたんですか、とシンジは問う。「ええ、それがね」目をパチパチさせてリツコ。


 「今日、早退してきたの」

 「そうなんですか」


 心配そうに言う彼は碇シンジその人だった。決してうちうじんなどではない。

 リツコは空を見上げた。けれど地球船宇宙船は飛んでいなかった。


 「きっと疲れているのね」

 「しゃー」


 あはは、とシンジは笑う。よしよし、いい子だねえ、ヌル助。しゃー。クスクスクス。


 「シンジ君・・・・ちょっと確認したいんだけど」


 そう言ってリツコはシンジの頭の上に乗っている生き物らしき物体Xを指差す。

 かわいい尻尾に寸胴な身体。

 そしてチロチロと出入りする二股に分かれた細長い舌。

 鈍く光る鱗はとてもプリチーだ。


 「それ・・・・なに?」

 「ヌル助のことですか? 見てわかると思うんですが――――――」


 アハハ。プルプルと震えるリツコの指。

 あれはもしかしていやそんな訳がないでもアレはどう見てもかの有名な。

 まさかまさかまさか――――――!


 「ツチノコですよ」


 あ。

 やっぱり?

 
 「ええぇええぇえええええぇええええええええええええええええええええ―――――ツ!?」


 しゃー。おお、よしよし。にゃー。しゃー。にー。


 かくして赤木家はまた一人(一匹?)居候が増えたのだった。






 ■ 第五幕 「 The occurrence of one dayT」に続く ■