神造世界_心像世界 第二十五幕 「私だけの神様」






 淡い白色の光が照らすリビングは、その場でダンスパーティーができそうな広さだった。部屋の東側にはキッチンスペースがあり、そこからリビングを一望できる。料理をしている最中も子供たちを望むことができ、幼い幼児がいる家庭では重宝する作りだった。

 トントンとまな板が叩かれる。今や高級食材となった生野菜を包丁で切っていく。手馴れた様子で刻む手つき。白魚のような指先が器用に動き、よどみなく形を整える。

 エプロンを着用した碇ユイは、機嫌よく調理を進めていた。

 彼女の目先には新聞を広げるこの家の主、碇ゲンドウがソファに居座っている。テレビの前には娘の碇レイと、職場仲間である惣流・アスカ・ラングレーがゲーム機のコントローラーを握っていた。

 後ろから微笑ましそうに眺めるのは長髪の青年、碇シンジだ。ユイは娘と息子たちが仲むつまじく身を寄せ合っているのを微笑ましく思う。まさに理想に描いた家族像だった。セカンドインパクトや使徒、EVAに関わっていたときには考えられなかったこと。いや、望みながらも実現はできないと諦めかけていたことだ。

 だが、今こうして目の前には夢に見た世界が広がっている。


 ――――――生きてさえいれば、どこだって天国になる。


 自惚れではなく、心からそう思った。

 確かにわだかまりは残っている。シンジも好き好んでこの場に居る訳ではないだろう。だとしても、こうして家族が揃っていることが幸せだった。普通の家庭ではない自分たち。それでも幸せにはなれるのだと、身を持って実感できるのだ。

 まだ、全てが終わっていない。だから、OOパーツ問題が全て片付いた後にも、目の前のような団欒を設けることができるだろうか。

 シンジには、家に帰ってきてもらいたかった。赤木博士の家で世話になっているから心配はしていないのだが、やはり家族は共に居るべきだと心から思う。ゲンドウとシンジが上手くいっていないのはユイとて気づいている。自分だって結婚の際には親と大喧嘩をして飛び出してきた。気持ちは十分すぎるほどよく分かった。

 今はぎこちなくても、いつかはきっと和解できるはずだ。

 生きるのに精一杯で、周りが見えない若き頃。老いて初めて周りを省みるのだ。いくら肩肘張っていても、いくら考え方が達者でも、若い内は経験が圧倒的に不足している。

 ユイ自身でさえまだまだ未熟だと感じている次第だ。シンジやレイ、アスカたちにはもっといろいろなことを経験して欲しいと、そう思う。戦争なんて血生臭いものじゃなく、歳相応の楽しみを。レイも大学に通わせてやりたい。NERVでは見つけられない、大切な出会いや経験があるはずだ。

 戦争の終わりではなく、戦争の先のことを。

 皆は、どう考えているのだろうか。

 ニンジンの皮を剥きながら、ユイはふとそんなことを思った。









 「どう? 今日はカレーライスにしてみたの」

 「……おいしそう」


 無表情の顔を僅かに綻ばせてレイが呟く。後から送れて「うむ」と渋い声で相槌が聞こえた。

 5人座ってもまだ空きがある大テーブルを囲む面々。それぞれの前に湯気を立てるカレーが置かれていた。香辛料の匂いが食欲を沸きたて、自然と口内に唾液が溜まる。

 夕食に誘ったのはいつもと同じく碇ユイだった。シンジとアスカの他にリツコとミサトも誘ったのだが、用事があると断られてしまった。無理に連れてくることもできないので、彼女らはまた次回にでも、となった訳なのだが。

 初めのうちは重かった雰囲気も、今では大分ほぐれている。心なしかシンジの表情も柔らかかった。アスカちゃんを誘って正解だったわね、とユイ。

 長方形のテーブルには、片辺にゲンドウ、ユイ、レイがおり、その反対にシンジとアスカが座っている。向き合う形となったのはユイとシンジ、レイとアスカだ。近頃は疎遠だったとはいえ、アスカは数少ないレイの友人だ。本人たちも満更でもないようだ。

 カレーの他には生野菜のサラダが盛られた小皿が添えられている。野菜が高騰した日本では高級品といえるものだった。全ての皿を並べ終えたユイは満足げに頷く。


 「じゃあ、いただきましょうか」


 答えるように、5人の声が重なった。










 





 「リツコぉ〜」

 「五月蝿いわね。情けない声出さないで、ミサト」

 「だってぇ〜、だってさぁ〜」

 
  もしもミサトにネコミミが生えていたら、絶対にヘタりこんでいるであろう声を出しながら、リツコの研究室で夕食をつまむ。食堂から出前をとった簡素なものだ。はっきりいって食堂の食べ物は二流である。シンジの料理を食べなれたリツコにしても文句を言いたくなってしまう。

 
 「確かに、あまり美味しいってほどじゃないですけど・・・・そんなに嫌なんですか?」


 一口サイズのピザを片手にマヤが問うた。彼女はそれといって気にはならなかった。食べなれた食堂の味なのだ。

 机につっぱしてオイオイ泣いていたミサトは顔を上げると、哀れみのこもった表情でマヤを見据えた。視線を向けられた本人が息を呑む。なんだか、非常にマズいことを言ってしまった気がした。


 「ユイさんの料理、食べたことないんでしょう?」

 「は、はい」

 「うわー、ごっつ可哀想〜」


 ごっつ? マヤは首を傾げる。

 何やら意味不明なことを喋りだしたのでリツコが補足する。なんでも、ユイの作る料理は絶品なのだそうだ。だから食いっぱぐれたミサトが愚痴っているのか、とマヤは駄々をこねる上司を半目で睨んだ。

 いつまでも構っていられないので技術部の二人が食べ始める。気づいたミサトが慌てて箸を伸ばし始めた。ワリカンで頼んだので、食べなければ自分の分がなくなってしまう。ガツガツとマズいマズい言いながら貪る作戦部長。我関せず、と二人も無言で食事を進める。

 



 並んだ皿が綺麗になる頃には、ミサトはすでにえびちゅのプルタブを開けていた。

 帰りはどうするのよ、と聞かれた彼女は、「加持くんに来てもらうからダイジョーブよん♪」なんて陽気に笑った。ちなみにリツコは車で帰るので酒は遠慮。マヤはリニアなのだが下戸なのでまた然り。結果、ミサトが一人でガブガブ麦酒をあおることになっていた。

 
 「でもなんで残業しなきゃなんないのよ。装備の方は万全なんでしょ?」


 口を尖らせ不満を漏らすと、僅かながらマヤも同意してリツコの方へ向く。

 エヴァンゲリオンはすでに出撃が可能になっている。機体の他にもパレット・ライフル、プログレッシブ・ナイフその他、武器の整備も万全だった。本来ならば残業してまでこなさなければならない仕事などないはずなのだが。

 しかし今日行ったのは新兵器の調整。開発ではなくすでに調整・・だ。ずっと以前から作り始めていることになる。だが技術部のマヤでさえ今日知ったことだった。

 疑念も持つのも無理はない。


 「備えあれば憂いなしって言うでしょ? 安心なさい。指令の許可は取ってあるわ」

 「……まあ、それならいいけど」

 「作戦部長のミサトがいないとできないことだったのよ、今日の実験は。今度えびちゅ送ってあげるから許して欲しいものね」

 「ちゃんと送んなさいよ? もう」


 不貞腐れてそっぽを向く。子供じみた態度は相変わらずなんだから、とリツコは苦笑した。


 「……でも、本当に必要だったんですか? <A.A>デュアルエースは」


 ストローが刺さった紙パックを置いて、その中に差し込んでいく。親指に押されたストローがパックの中に消えた。マヤはそれを手で弄びながら続ける。


 「しかも零号機専用型――――――確かにアレは後方支援用ですけど、他の二機が使えるようにしても問題ないと思います」

 
 同意するようにミサトも首を振る。

 
 「戦術的に見てもアレは使いにくいわね。っていうより、わざわざ貴重な<ロンギヌス・コピー>を使う必要はなかったんじゃないの?」


 <A.A>開発に当たり、回収できていた<ロンギヌス・コピー>の一本を<A.A>に費やした。

 事実、槍としての原型を保っている・・・・・・・・・・・・・のは残りの二本だけだ。規格外OOパーツに対する切り札の槍を使ってしまっていいのだろうか。しかも<A.A>は今までになく使いづらい兵器だった。移動する敵には使用できず、また一度は零号機を経由・・しなければならない。

 つまるところ、<ロンギヌスの槍>として使った方が明らかに効率がいいのだ。兵器として欠陥だらけの<A.A>。その上、一度限りの使い捨てときた。高価な上に整備も欠かせず、命中しなかったら全てが水の泡。ぞっとしない話だ。

 普段とスタンスの違う武器を作ったリツコに疑念を持ったので、マヤは正直に聞いてみた。


 「……あの、指令からの命令でしょうか? この<A.A>開発は」


 金髪を揺らして、苦笑。


 「いいえ。これは私が考えた物よ。貴重な<槍>を使うなんて贅沢だとは思ったけどね。こればっかりは手を抜けないのよ」

 「対竜種用ってこと……?」


 規格外として現れたOOパーツの内、第壱号が<西洋系ドラゴン(仮)>で、第弐号が<八岐大蛇ヤマタノオロチ>だった。これは人が考える最強の生物が竜種族であるからだ。OOパーツは人の感情に左右され、固まったイメージを持つものほど力も増す。つまり、<ドラゴン>という世界的に有名な生物こそが最強のOOパーツなのだ。

 全長数十メートルの規格外ともなれば、まさに怪獣といっても過言ではない。おもしろいように街は破壊され、死傷者数は莫大なものになるだろう。

 
 「各国でも核の使用条件がどんどん軽減されていっていますからね……N2では心もとないでしょうし」


 国を焼かれるくらいだったら街を焼いて敵を制する。十を切り捨て百を救うのが国家だ。そのためならば核兵器を使用することも躊躇わないはずだ。一撃をもって屠ることができれば、最小限の被害ですむ。いくら竜種とはいえ、等しく死を与える核の炎の前ではひとたまりもないだろう、と各国は考えているに違いない。

 絶対不可侵領域を持たないOOパーツならば、核も通用するのは間違いないのだろうが。


 「……野蛮だ、非人道的だ、なんて言うけど。結局は核兵器に頼ることになるのよね……」


 やるせなさを感じさせて、ミサトはため息を吐いた。


 「できることなら核は使って欲しくないけど、ね。それで<A.A>の話に戻るけど」


 リツコは大皿をひとつにまとめて、重ねた。


 「<A.A>は対竜種用ではないわ。対人用兵器よ――――――」















 洞木ヒカリの自室は狭い。二階にひしめく三姉妹の部屋は、長女のコダマ、次女のヒカリ、三女のノゾミという順の部屋の広さだ。一番広いはずのコダマの部屋でさえ、ベッドを入れただけで三分の一を占めてしまうのだから、それよりも狭いヒカリの部屋は文字通り窮屈なことこの上ない。

 唯一、体を伸ばせる空間であるベッドの上。ヒカリは仰向けになって天井を見つめる。

 時計の針の音とエアコンの駆動音。普段なら気にも留めない些細な音なのに酷く耳障りだった。ちら、と右側の机の上を見ると、白色のシンプルな携帯電話が置いてある。持ち主はもちろん洞木ヒカリである。長電話しない彼女だが、今時の女子高生が携帯を持っていないとはなんたることだ、と無理やり姉に買わされたものだった。

 起き上がって手を伸ばし、携帯を掴み取る。

 液晶を見て、一息。アドレス帳から『柊シュウゴ』を選択。決定を押そうとして――――――キャンセル。

 
 「……先輩」


 シュウゴとは付き合って半年になる。サードインパクト後、トウジのことで落ち込んでいた自分を励ましてくれた優しい先輩。髪が肩にかかるくらいの長さで、昔はチャラチャラしているからだらしないと嫌っていた髪型だ。だけどそんなのは偏見だった。シュウゴは優しいし気を使ってくれる。そこいらのチンピラとは訳が違う。

 キスもした。セックスもした。求めてくれる先輩が嬉しくて、行為に夢中になった。あれほど潔癖症だった自分が嘘みたいに。

 普通だけど二人っきりのデート。

 遊園地とか、水族館とか。映画館とかの定番はもちろん、ただの公園でピクニックもした。

 幸せだった。

 今も、幸せな。

 はずなのだ。

 
 「……シュウゴ、先輩」


 もう一度、愛しい人の名前を呼ぶ。返事は返ってこなかった。部屋に居るのは彼女一人。話し相手が居なければ慰めてくれる人も励ましてくれる人も居ない。

 これ以上なく、孤独だと感じた。

 再び液晶を見ながら指を動かす。アドレス帳、『シュウゴ先輩』。選択――――――迷う。きっと先輩は忙しい。だから電話もしてくれないし会ってもくれない。受験生なのだ。遊んでいる暇なんてないのも分かっている。だけど声が聞きたい。励まして欲しい。大丈夫だよ、と電話越しでいいから囁いて欲しい。

 自分が鬱になっているのは気づいていた。三年前のことが未だに引っかかっているのだ。きっと姉なら未練たらしいと怒るだろう。だけど自分は弱いのだ、とヒカリは自嘲する。誰かに支えてもらわないと立てない自分。励ましてもらわないと崩れそうになる自分。

 ……本当に、弱いなあ。

 決定を押す。携帯を耳に持っていく。呼び出しのコール音。一回。二回。三回。四回。


 『もしもし』


 五回目が終わるというとき、電話から聞きなれた声がした。緊張しながらヒカリは声を出す。なんて言ったらいいだろうか。勉強、頑張ってますか? いや、お疲れ様ですの方がいいだろうか。下手なことは言わない方がいい。受験生はただでさえナーバスになる時期なのだから。

 慎重に言葉を選んで、まずは「ヒカリです」と名乗った。『ああ、ヒカリ? どうしたの?』先輩の声。聞いているだけで気分が良くなってくる。


 『何か用かな?』

 「え、えっと……先輩の声が聞きたくて」

 『……そう。ごめんね、いま忙しいんだ。用がないなら切るよ』

 「えっ、あ……」


 止める暇もなく通話は終了された。ツー、ツー、という電子音がなぜか悲しい。


 「……そうね。勉強とかで忙しいのよね。先輩、真面目だから。きっと、今だって家にこもって受験勉強に精を出しているのよ」


 ――――――本当に?


 「ええ」


 ――――――疑わないの?


 「ええ」


 ――――――家で勉強しているって?


 「ええ」


 ――――――ヤケに電話の向こうが五月蝿かった気がしたけど?


 「違うわ」


 ――――――女の人の声もしたけど?


 「きっと家族の方よ」

 
 ――――――本当に?


 「ええ」


 ――――――断言できるの?


 「ええ」


 ――――――なら、どうして泣いているの?


 「……」


 ヒカリは頬に指をやる。湿った感触。涙が伝った証拠だった。「ひっ」誰かの声。自分の声だと気づく。声を上げて泣いた。違う、違う、と否定しながら泣いた。

 だけど。

 何がどう違うのか。

 否定するヒカリにも分からなかった。

 
 
 ――――――パタパタという羽音。



 窓の外に映る小柄な影を、彼女は気づかない。















 「どうだったかしら、アスカちゃん?」

 「とても美味しかったです。小母さまのカレーライス」


 コクコクとレイも同意を示す。ユイは嬉しそうに微笑んだ。


 「ユイ」

 「ゲンドウさんはどうでした?」

 「美味かった」

 「ふふ、ありがとうございます」


 胸の前で手を組む。頑張って作ったかいがあった。ユイは最後にシンジに向き直り、今までの笑顔が一変して不安そうな面持ちで問う。

 そのシンジはコップを片手に麦茶を飲んでいる。ある程度飲み干すと、コップを置いて、


 「美味しかったです」

 「シンジ……!」


 飛び上がらんばかりにユイは喜ぶ。ここにきて初めて「美味しかった」と言ってくれた。すでに数回目となる食事会。前回は重い雰囲気のまま終わってしまった。ユイ一人だけが空元気で場を持たせようとしていたのだ。

 それに比べ、今回は大成功だった。

 アスカちゃんのおかげね、とユイは心の中で感謝した。やっぱりいきなりじゃなくて少しずつ慣らしていけばいい。シンジだって戸惑ったはずなのだ。死んだと思っていた母親が急に現れ、疎遠だった父親も居て。いきなり同居しろと言われて頷く人間など居るはずがない。

 ユイはうんうんと納得したように頷いた。

 各自がゆったりとする中、彼女は食器を片付けていく。


 「お母さん。手伝う?」

 「いいのよ。レイは休んでなさい?」

 「うん」


 立ち上がりかけたレイは再び席に腰を下ろす。隣ではゲンドウが新聞を読んでいた。手持ち無沙汰になったので正面を見ると、アスカがシンジの口元を拭いていた。どうやらカレーが少しだけついていたらしい。苦笑するアスカとあまり変化のないシンジ。どちらかというと、癪なのだがシンジの方に親近感を持った。

 アスカの役回りがユイで、されるがままのシンジはレイだ。傍から見たら自分もこんな感じなのだろうか。そう思うと、嫌いなシンジでも少しは許せるような気がした。

 食器を流しに置いてきたユイが戻ってくる。あとで洗うつもりなのだろう。

 
 「仲が良いわね、二人とも」


 あはは、と金髪を揺らしながら照れる。シンジは「そうですね」と相槌を打った。

 時刻はまだ9時前。話すにはまだまだ時間がある。食後のお茶を用意したユイが5つぶんのコップに注ぐ。ゲンドウだけが湯飲みである。

 注がれたお茶を口にする。緑茶の渋みが程よく口内に広がった。

 はあ、と熱い息を吐くと、レイは顔を上げた。ユイがこちらを見ている。なんだろうか、と首を傾げると、意を決したように話し始めた。


 「レイ、あなたは学校に行きたくないの?」

 「……学校?」


 そうよ。ユイが頷く。


 「シンジやアスカちゃんは今年から通い始めたの、知ってるでしょ? レイはNERV職員だけど、本来は学生のはずなの」


 確かに、自分は世間一般では高校生であるはずだ。だが、自分は――――――。

 言葉を遮って首を振る。


 「学校には行かない。私は、秘書見習いだもの」

 「でもね、レイ。お仕事なら後からだってできるわ。でも学生の時間は一度しかないのよ? それを無駄にしてしまっていいの?」


 一息つくと、ユイはシンジたちの方に向き直った。


 「シンジ、アスカちゃん。あなたたちからも言って欲しいの。学校は楽しい所だって。三人一緒ならレイだって……」

 「副指令――――――いや、あえて碇ユイさんと呼ばせていただきましょうか」


 レイが反論できずに困っていると、救いの手は意外なところから差し伸ばされた。アスカも隣を見ている。ゲンドウは窺うように目を細めた。

 
 「学生生活が楽しい、楽しくないのは本人次第です。ユイさんが楽しいと思っても碇さんには楽しくないかもしれません。それに秘書見習いは碇さん自身、望んでやっているのでしょう?」


 確認を取るようにレイへ視線を向ける。銀髪がさらりと揺れた。


 「でも、学校に行けば友達だってできるのよ? レイは内向的だけど、少しずつ元気になって……」

 「あなたは――――――」


 クッ、と喉の奥で小さく笑う。

 レイも真剣な目でシンジを見ていた。


 「あなたは、何も分かっていない」

 「え?」

 「……この中で、一人だけ、ですけどね」


 眉をひそめて周りを見渡すが、相変わらずゲンドウは新聞に目をやっている。レイは縋るような目線だ。

 分かっていないとは、どういうことなのか。ユイは考える。レイの気持ち? 学校に行きたくないのだろうか。今までNERVに閉じこもりっぱなしだったから、外が怖いのかもしれない。まだ、早いのだろうか。少しずつ、慣らして、初めは生活することから始めた方がいいのだろうか。

 ぐるぐると問いと答えがユイの頭の中を飛んでいく。


 「碇さんは、友達なんて要らないんですよ――――――僕と同じように、ね」


 そうでしょう? 目で問いかけるシンジに対して、レイは複雑な心境で頷いた。


 「小母さま」

 「? なにかしら、アスカちゃん」


 アスカは心底おかしそうに、笑いを押し殺して言う。その表情は、どこかシンジの笑顔と重なって見えて。

 
 「案外、神様っていうものは、近くに居るものなんですよ?」

 
 え? と小首を傾げるユイを見て、上気した頬を赤く染めながら続ける。


 「空だか宇宙だか、訳の分からないトコにいる神様じゃなくて――――――」


 隣に居たシンジの手を取り、頬に寄せる。気づくと、レイもユイの手を握っていた。いつになく真剣なレイの表情を見て戸惑う。なぜか、思うのだ。危ういような、このままではいけないような。

 それがなんなのか分からないまま、アスカの声が咲いた。


 「――――――すぐ傍に居てくれる、私だけの神様が」







                                              ■ 第二十六幕 「CROSS_FEELING」に続く ■