神造世界_心像世界 第二十二幕ノ弐 「予兆U」







 違和感を感じてアスカは首を傾げた。

 時計の針は頂点に差し掛かっている。宿題やらNERV関係の書類やらをまとめていたら、気づかないうちにいい時間になっていた。目が疲れ気味なせいかまぶたが重い。

 そろそろ寝ようか、というときだった。

 鼓膜を圧迫されるような感覚。気圧の変化で生じる場合が多い。だがアスカが居るのは赤木邸の一室。急激な気圧変化など起きはしない。高所に上ったり、トンネル内に入ったりした訳でもない。

 シャープペンシルを投げ出して椅子から立ち上がる。窓際まで歩く。カーテンは質素な白地のものだった。元はレース地だったのだが、アスカが部屋に合わないと自ら交換したのだ。

 窓を開けると生暖かい風が入ってきた。生理的嫌悪感を感じて眉をひそめる。部屋の中はエアコンが効いているからいいものの、一歩外は熱帯夜だ。第三ではエアコンが必需品、というより、日本では北海道の一部を残してエアコンはなしでは生きていけない状況なのである。

 星はあまり出ていなかった。僅かにひとつ、ふたつ見える程度。天の川など論外だった。

 窓を開けても鼓膜に感じる圧迫感は消えない。まるで耳に栓を詰め込まれているような、そんな不快感。

 人差し指を耳の穴に突っ込んでみる。グリグリと捻ってから指を離す。まだ消えない。大口を開けてあくびをしてみた。少し楽になった気がする。

 
 ――――――大いなる、イチ


 女性とも男性とも取れない曖昧な声。耳の奥に直接響いてくる声。どこから。誰が。いつ頃。どうして。

 頭蓋の中の空洞を何度も木霊して響き渡る。クラクラしてきた。反射して反射して、もう何がなんだか分からない。

 ああ、世界が回る。

 天井のライトが高速回転。吊るされたマスコットが大車輪。

 くらくら。

 ぐるぐる。

 
 ――――――始まりの、イチ


 ゆっくりと視界が動いていく。

 目の前にあったものが目下に。頭上にあった物が目の前に。ああ、倒れこんでいるんだ。朦朧とする意識の中で、アスカは思った。


 ――――――終わりの、イチ


 ボスッ、という音。肌に感じる柔らかな触感。ベッドが近くにあったのが幸いした。床に倒れこまずに寝床に入れるとは。

 眠い。

 疲労も重なって視界がボヤけていく。


 ――――――ワタシたちが、イチ


 まぶたを閉じると、あとは簡単だった。

 何も考えずに落ちていくだけ。夢を見る暇もなく、アスカは快眠を貪るだけだ。

 深い深い眠りの園は。

 とてもとても気持ちが良かった。















 「ふぁ・・・・」

 
 目を擦りながら、朝はまだ優しい程度の日差しを感じてアスカは起床した。

 白地のカーテンが風にはためいている。それはどこか幻想的で、朝から心穏やかになれるというものだった。しばらく無心で窓際を眺めてみる。

 
 「あら・・・・?」


 目に入った机の上には文房具が散らばっている。いつもは使った後にきちんと後片付けをするのに。自分らしかぬ行為に苦笑する。これではミサトと大して変わらないではないか、などと本人が聞いたら怒りそうなことを考えながら起き上がる。

 ふわふわと揺れるカーテン。

 適度な朝の風。

 いまいち昨晩の記憶がはっきりしない。寝ぼけて眠ってしまったのだろうか。出しっぱなしの文房具からして、そう考えるのも間違えではないはずだ。

 開けっ放しの窓も無用心すぎる。泥棒に入ってきてくださいと言っているようなものだ。朝起きたら目の前に青髭で腹巻をした泥棒が居たら大変である(アスカの泥棒イメージ)。

 一発伸びをして。

 
 「おはよう。シンジ」


 隣の部屋で眠りこけているだろう、青年の姿を思い浮かべてアスカは微笑んだ。






                                                    ■ 第二十三幕 「終焉の仔」に続く ■