神造世界_心像世界 「はじまりの唄 V」







 「シンジ君が見つかったってホント!?」

 「ミサト、落ち着きなさい」

 「なに言ってんのよ!? あたしはこの場で一番冷静よ!」


 どこが冷静なんだ、などと無粋なツッコミは誰もしなかった。

 その場にいた者達は一人として冷静な思考を持ちえていなかったのだから。

 


 今から三十分前、三年もの間生死不明だったサードチルドレン、碇シンジの所在が判明した。

 MAGIや保安・諜報部を使って行方を追うも影さえも捉えられず、死亡説が有力になってきた矢先のことであった。

 ことの発端はお昼のワイドショー。

 「今更真夏のビーチ特集」と題された企画にその姿はあった。

 少年から青年へと姿を変えるその微妙な時期。

 彼の容姿は美男と呼ぶに相応しいだろう。

 流れる黒髪は男としてはありえないくらいに決め細やかで、まるで絹のようでもある。長髪を束ねたその髪型も中性的な印象を強くしていた。

 母譲りな顔のつくりは今もなお失われておらず、ビーチにいる男たちからも羨望の眼差しを受けるほどだ。

 そんな彼は「第128回スイカの種飛ばし大会」に参加していた。

 128回も続く人気のある大会なのかはいざ知らず、これは真夏のビーチでスカイの種を飛ばした距離を競うという至ってシンプルなものだ。

 サードインパクトの後も常夏の日本ならではの大会だとリポーターの藤代アナ(入社1年目)が熱く語っている。

 


 若者や年配の方がこぞって種をフンフン飛ばしている中、女性たちの視線を独り占めにしていた(藤代アナ含む)青年が登場した。


 『48番、田中タロウさん』


 明らかに偽名とわかる名前をメモする女性たち。いったいなにをするつもりなのか。

 自称田中タロウはそれに気にすることなく、種を大空へ羽ばたかせるべく、開始線の前で体制を整えた。

 今までの参加者の中には、力みすぎて種と共に液体や固形物を噴出させたつわものがいたのだ。

 そんな悲劇を見たくないけど少し見ても良いなぁ、などと考えながら女性たちは食い入るように自称田中タロウを見つめている。


 「ぷぉ――――――――――――――!!」


 奇声怒声と共に打ち出されたスイカの種は、空気抵抗を無視したかのような速度でどこかへと消えた。

 というか一センチにも満たない種を探せるわけもなく、この時点で計測不可能となり彼の優勝が決まったのであった。



 



 「シンジ君・・・・生きててくれた」

 
 その映像を見ながら葛城ミサトは涙をぬぐった。

 見つかった経緯はなににしろ、“家族”である少年が見つかったのだ。お涙頂戴である。

 しかしそんなミサトの光景を冷ややかに見つめるのは彼女の親友である赤木リツコ。

 その表情は硬い。

 三年間も姿を消していたのに今になって現れるとはどういうことなのか。

 それにこの映像にあるワイドショーは全国放送だ。

 もし今まで隠れていたとするのならばこの行動はおかしい。自ら自分はここにいると宣伝しているようなものなのだから。

 

 「だとすれば、誘っているというの?」


 使徒戦役時代、最後まで気弱だった少年。

 この映像を見る限りなのだが、明らかにまとう雰囲気の質が異なっている。

 以前が“陰”とすれば今は“陽”。

 いや、太陽ではない、月の輝きというべきか。

 
 「どちらにせよ、会ってみなければわからない、か」


 感極まったのかオイオイ泣き喚く親友を無視して彼女はつぶやいた。

 

  



 NERVの発令所は慌しかった。

 “一人の少年を拿捕する”という任務を得た職員たちは自分たちの持ち場についてそれぞれの役割をこなす。

 インパクトから三年たった今も、発令所メンバーこそ人事移動で変化したものの、主要なメンバーは以前のままであった。

 オペレーター席には伊吹マヤ、日向マコト、青葉シゲルの三名が座っている。

 葛城ミサトと赤木リツコは相変わらず席には座っていない。

 というかこの二人、専用の席がないのではないか、というのがまことしやかに噂されていたりする。

 そしてNERV発令所最上部に位置する司令部には碇ゲンドウ、その両脇に碇ユイ、冬月コウゾウの姿があった。

 
 「ああ、シンジがやっと・・・・!」


 報を聞いて泣きはらしたのか、ユイの目は赤くなっていた。

 彼女の感激に感化されるわけでもなく、男二人は苦虫を噛み潰した表情なのだった。忌々しい、彼らの心中を表せばこう言っていただろう。

 なにせ自分たちの悪行の象徴とも言えるべき人物なのだ、碇シンジという人物は。

 もう一つの象徴である綾波レイは、幸か不幸かユイが直に温もりを与えたおかげで口をつぐんでいた。

 彼女にしてみたら、母という温もりを失うことがなによりも恐ろしいことだったのだろう。

 そして碇レイとなったレイには“リリス”としての記憶はなかった。

 あの“紅い海のリリス”は綾波レイであって碇レイではない、ということ。

 しかし“綾波”としての記憶も二人目と三人目のものは持ち合わせているらしく、故に“碇シンジ”に関する情報を持ち合わせていた。


 「碇、どうするのだ?」


 情緒不安定であるユイを気遣いながら、冬月は小声で問う。


 「問題ない。ヤツもユイに会えば大人しくするだろう」

 「レイのように、か?」

 「ああ。シンジとて母親の温もりが恋しいだろう。それになにもできんさ、ヤツは」


 ユイに聞こえていないことをいいことに“ヤツ”呼ばわりをするゲンドウ。もしユイが聞いていたらどうなることやら。

 ゲンドウはユイに使徒戦役時代の様子を詳しく教えてはいない。

 与えた資料もこちらに非がないように偽造したものでもあるし、レイに関してはユイのサルベージ時に現れた、としか言っていない。

 ダミープラントなどもってのほかだ。

 シンジに関しても今までいなかったことをいいことに良好な関係を築いていたと嘘をついた。

 それが三年目にしてツケが回ってきた、ということだ。

 ゲンドウにしてみたら、諸悪の根源であるシンジを殺害しようと探し回っていたわけなのだが。


 「それにしても国内にいたとは・・・・」

 
 冬月の言葉にもうなづける。

 日本国内は最もMAGIの情報網が多い地区なはずなのだ。一人で逃亡生活など、まず無理だろう。


 「どこかの組織に取り込まれたのかもしれんな」

 「大方、戦自あたりだろう。なに、問題などありませんよ、冬月先生」

 「だといいがな」


 冬月からしてみればこれは異常なことだった。

 仮に戦自に取り込まれていたとしても、使徒がいなくなった今、チルドレンはさほど重要な存在でもない。

 専用機であるEVAは封印処理されているし、(世間的には)NERVの他にEVAクラスの兵器をあらたに作り出せる組織もない。

 インパクトのおかげでゼーレは経済組織として身を固め始めている上、戦自に関しては本部襲撃という負い目もあった。

 言ってみれば用済みなのだ、チルドレンという存在は。

 EVAを操れるといってもそのチルドレンに特殊な能力があるのではない。

 シンクロシステムを構築する歯車の一つにすぎないのだ。

 もっとも、このシステムの詳細はすでにNERVでは周知のことになっている。

 過去でこそ非人道的であったこのシンクロシステムも、サードインパクトを経験したことから価値観が変わっていた。

 人々が言う、「それは仕方のなかったことだ」。

 実際、数え切れないほどの人数がなくなっている中で、人道がなんだと叫んでもそれは大衆の波に飲み込まれていくだけだった。

 彼らからしてみれば「ああ、死ななくて良かったぁ」なわけで。

 自分たちを救ってくれた人物というのがチルドレンとその親、ということなだけ。

 世間はこぞって祭り上げるのだ。「その身を犠牲にしても世界を救った勇気ある親子。ああ、素晴らしや」

 それこそ公開組織となったNERVが仕掛けた情報操作だとも知らずに。


 「私たちはきっと地獄に落ちるだろうな」

 「・・・・問題ない」


 そうつぶやいた言葉は喧騒に飲み込まれた。








 保安部の黒服に両脇を固められて入ってきた青年は、さながら犯罪者の扱いみたいだなぁ、と思った。

 彼がそう思うのも仕方がない。なにせビーチに現れた怪しい集団に無理やり拉致されてきたのだから。

 公開組織となってもやり方は変わらないNERVに内心苦笑しながら、青年、碇シンジは文句も言わず彼らの従ったのだった。

 シンジが久しぶりに入った発令所は昔とほとんど変わりはない。

 まるで自分が14歳であった頃のように感じてしまう。

 自分を奇異の目で見てくる職員にもシンジは気にせず発令所へと足を踏み入れた。


 「シンジ君!」

 
 鼓膜を破るような金切り声に顔をしかめながらもその発生源へと顔を向ける。

 あちらは感極まった表情をしているのだが、シンジにしてみれば「なぜ?」と疑問を持つだけだ。

 
 「お久しぶりです、葛城さん」


 名前を呼ばれたからには挨拶をしないわけにもいかないだろう、無難にシンジはお辞儀を交える。

 その態度に疑問を感じたのかミサトは釈然としない表情だ。

 ミサトがリツコを見る。

 視線で「ホントにシンジ君?」と聞いているようである。

 まあ三年前の彼を知るミサトから見て不自然に感じたのだろう。その視線にリツコはうなづいて返す。つまり、肯定。


 「やだなあ、正真正銘、元サードチルドレンの碇シンジですよ」

 「え、な」

 「あはは。いいですよ、自分でも変わったってわかってますから」


 三年もすれば人は変わるものです、と彼は付け加えた。


 「あとでリツコさんに毛髪を渡しますからDNA検査でもやってくれればわかると思います」

 「その必要はないと思うけど・・・・一応もらっとくわ」

 「リツコ!」

 「なに、ミサト?」


 あっけらかんとした表情はいつものリツコである証。それに対してミサトは今にも暴走開始しそうだ。

 シンジとリツコは不可解なものを見る目つきでミサトを見た。怯むミサト。

 だがそれにかまってはいられない。

 
 「シンジ君もシンジ君よ! どうしちゃったの?」


 質問の意図が読めないシンジは首をかしげた。救いを求めてリツコのほうを向くが彼女も不思議そうにミサトを見ているのだった。

 そもそも無理やりつれて来られたのは不快極まりないのだが、それ以上にどう反応しろと?

 ミサトが何かしら自分に反応を求めているようなのだが、それがなんなのかシンジにはわからなかった。

 なにか約束でもしたのかと思い、過去を振り返ってみる。

 かろうじて覚えているのは本部襲撃の日。「ああ!」シンジの頭の上に電球が見えた気がしたリツコ。


 「すいません、葛城さん。もらったチョーカーどっかになくしちゃいました」


 てへっと首をかしげるのは男としてどうかとは思うが、不自然でないあたりシンジはつわものなのだった。


 「ちょ、違うわ。私が言いたいのは、えーと、そのー」

 「キスの話ですか? 帰ってきたら続きをしましょうね、とかいうやつ。すいません、僕、好きな人と以外は体を重ねるつもりはありません」

 「ちちちちち違うわよ! わたしだって既婚よ!」

 
 あたふたと焦るミサトを遠くからるーるるーと見つめる日向マコト。いまだに独身である。

 漫才に飽きたのかミサトに興味をなくしたのか、シンジはミサトから視線を外す。

 見上げたそこには彼の遺伝子提供者の姿があった。

 碇ゲンドウの顔を見て眉をひそめる。

 高い場所からこちらを見下ろすのは変わりないが、髭とグラサンがないぶん威圧感は少なかった。

 その隣にいる女性はゲンドウに抱きついて泣いている。「新しい愛人か?」と思ったのだが司令の隣にいるあたり違うようだ。

 相変わらず冬月は電柱としての人生を謳歌しているようだし、老人には優しく、がモットーなシンジは頬を緩ませた。


 「碇総司令、ご機嫌麗しゅう」

 「キサマ・・・・」

 「副指令もお久しぶりですね。健康そうでなによりです」

 「ああ。君も」


 二人に挨拶を終わらせたシンジは疑問に思ったことを聞いてみることにした。


 「ところで、その隣におられる女性はどちら様ですか?」

 「シンジ、お母さんよ! わたしがわからないの!?」

 「これは失礼しました。司令の再婚相手の方でしたか。始めまして、碇シンジです。戸籍と遺伝子上は司令の息子となっています」


 かなり不快ですけどね、あはは。ジェスチャーも混ぜて彼はそう言う。

 その言葉にユイは絶句し、ゲンドウは怒りに顔を赤くした。

 逆に冬月とリツコは物怖じしないシンジの態度に感心するのだった。

 ミサトはというと、展開についていけずフリーズしている。日頃えびちゅばかりを飲みすぎて頭がふにゃけたのかもしれない。


 「シンジ君、あの人は碇ユイさん。あなたの実の母親よ」


 固まっている夫婦に見かねてリツコが口を挟む。「ああ、そうでしたか、ありがとうございます」「いいえ、お安い御用よ」

 一皮向けたリツコとシンジの相性は以外にも良く合っていた。

 きっぱりとした態度のシンジにリツコは好感をもっているようだ。


 「それで高名な碇ユイ博士。僕になにか御用でしょうか?」


 自分が拉致された理由をユイに聞くあたり、彼は賢明と言えるだろう。ゲンドウに聞いても会話は成り立たないだろうし。

 返された言葉に心を痛めつつも、ユイはある提案を出す。


 「私たちと一緒に暮らしましょう? 三年間もあなたを探し続けたのよ?」

 






















































 「死んでもイヤです」


 「なに言ってんのこの人?」シンジは真顔でそう返した。







 ■ 「はじまりの唄 W」に続く ■












 〜あとがき〜


 「はじまりの唄 V」をお送りしました。

 やっとアンチ風味が出てきましたね。良きかな良きかなw

 ダークを混ぜながらも物語をきちんと作っていきたいんですが・・・・難しいですね。

 はい。