神造世界_心像世界 第十九幕 「螺旋の槍」








 携えられた銃口が火を噴く。

 単発で鋼鉄の戦車さえ引き裂く弾丸は空気抵抗をものともせず突き進み、標的に当たって己が役目を果たしていく。決して良品とは言えない劣化ウラン弾だが、人間相手の戦闘ではこれ以上ない効果を発揮する。コストの安さもさることながら、人間への“悪影響”は、放射性が少ないとはいえ“劣化ウラン”の名を冠するだけに言うまでもない。
 使徒戦役では悲しいほどに出番がなかった<パレットライフル>を馬鹿にしていたアスカでさえ、こうして技術者の視点から見ると、その有意性が際立って見える。
 担ぎ手が求めるのはその機能、使いやすさ。自身の命を託す得物なのだ。水鉄砲と拳銃、どちらを戦場に持っていくのか、と問われれば、間違いなく後者を選ぶ。
 だが、戦争は一人でするものではなない。後方支援、補給物資、その他もろもろ。一兵士が高性能の突撃銃を乱射したところで、戦争に勝てるはずがない。弾が切れたら蜂の巣にされてお終い。せっかく高コストを覚悟して作り上げた銃もお釈迦になってしまう。
 兵士が求めるのは、高性能な銃。
 質が上がると同時にコストも上がり、一丁賄うだけで懐が冷えてくる。
 そうなれば損失すれば目も当てられないし、何より量産性に欠けていれば、“戦争”に向いていない。大量生産が前提の“戦争”だ。いつ終わりが訪れるのか分からないのに、資金を無駄遣いできるはずがない。
 コストを下げるために質を落とし、量産できるように構造を簡略化する。当然機能面も落ちるが、資金を無駄遣いしない面ではこうするしかない。

 いちパイロットであった当時のアスカには理解できなかった話だ。
 どうして連中はもっと高性能の武器を作らないのか。どうしてもっと金をかけないのか。
 全人類の危機が迫っているというのに。
 憤る彼女を邪険にあしらい、技術部の面々はため息を吐いたものだ。こうして自らが“作る側”に回ってみると、その時のため息も理解できてくる。
 金がないと戦争などできやしない。金は無限じゃない。有限で限りあり、湯水の如く消費していくのだ。資金が尽きれば組織も費える。職員の給与、設備の維持。ありとあらゆる行動に支障を来たし、内部から崩れ去っていく。
 いつ終わるかも分からない。
 それが、重要だった。
 資金は有限。しかし終わりは濃い霧に閉ざされて見ることも適わない。
 戦争が終わるのは明日なのか?
 それとも一週間後?
 一年後?
 十年後?
 分からない分からない分からない。それだけで不安になる。士気が落ちる。
 
 だが、三年前の使徒戦役は例題だった。終わりを知っていたのだから。
 故に資金を上手くやり取りし、備え、最終番に近づくにつれて放出していけばよかった。サードインパクトによってチャラにしてしまおう、と、妻との再会を望んでいたゲンドウは考えたのだ。
 チャラ、と聞けば、踏み倒すように聞こえる。しかし彼にしてみれば、後々の世界などに興味はなかったのだ。本当の意味での踏み倒し。それを確固たる意思で行えるのは<裏死海文書>の存在のおかげだった。
 終わりを知っていれば、それだけで有利になる。
 その有利性も、今回の戦争では失われてしまった。いつ終わりが来るとも知れない化け物達。表情が伺えないポーカーゲーム。

 技術部の面々も資金面を危惧してか、消極的になっていた。
 新兵器を開発している暇もない。OOパーツはそれこそ“突然”現れる。予兆など感じさせず、まるで最初からその場にいたように現れる。おや? と、振り向いた瞬間にそれは出現し、いつの間にか自分が死んでいる。そんな“天災”なのだ。
 そもそも、OOパーツは在り方さえも普通だった。そこにあるのが当然。空気に重さを感じないのと同じ。異変に気づくのは攻撃されてから。それでは遅すぎる。
 使徒には固有パターンがあった。
 BLOOD TYPE:BLUE(パターン・ブルー)、使徒特有の波長であり、これを発するのは確実に使徒だと断定できた。だから第三新東京市内に使徒が現れれば瞬時に察知できるし、位置も特定できる。そして、OOパーツにはパターンがない。いや、パターンがあるにはあるのだが、ヒトとまったく同じことから、判別のしようがなかった。
 
 『OOパーツはヒトの心でできている』

 ヒトが持つATフィールドで存在を維持しているからだろう。寸分も変わらない波長を持っているのだ。出現を察知するには、それこそ第三中の人間の数を補足しなければならない。人数の増加で出現を捉えるとなれば、外部から入ってくる者も視野に入れて考えなくてはならなくなる。そんな面倒なことをする暇もない。
 事実上、NERVが行動を起こすのは、OOパーツが行動を起こしてから、ということになる。
 




 NERVの一角に設けられた戦術シュミレーションの機体に身を預けながら、碇シンジはロックオンされた赤いコンソールマークを睨んだ。長い時間実戦を離れていたシンジはミサトにそれを指摘され、こうして、あの懐かしき機体へと舞い戻ったのである。
 三年前、嫌と言うほど経験したシュミレーション機体にもう一度世話になるとは、と内心苦笑しつつ、VR上の敵機を冷静に撃破していく。ブランクを感じさせない動きは流石と言うべきか、当時のアスカが嫉妬した“才能”を目の当たりにし、赤木リツコは熱い吐息を吐いた。

 「やりますね、シンジ君」
 「そうね。なまっているなんて謙遜もいい所だわ。以前よりも柔軟性があるぶん、状況に対応しやすいんじゃないかしら」

 戦闘経験のない三年前のシンジに柔軟性を求めるのは酷な話だろう。ただでさえ生き残るのに必死だったと言うのに、周りの状況まで気にする余裕があったらそれこそ不思議だ。
 重火器の扱いだって説明書を読んだ程度のものでしかなかった。照準はMAGIが受け持ち、引き金を引けば事足りる。幼い頃から訓練を受けてきた、ファースト・セカンドチルドレンには時折邪魔になるそれも、新米のサードチルドレン、碇シンジにしてみれば、教官の腕のようなものだった。身体的にもイメージ的にも、自分だけで放った弾が正確無比に当たる光景など想像できやしない。バックアップがある、それだけで心強かったのだ。
 かと言ってサポートに任せきりでは上達もしない。言われた通りに、「敵を正面に→ロックして引き金」だけでは、確かに扱いの基本動作は身につくだろうがそれだけだ。状況に変じた動きが求められる戦場で、型通りの動きだけではすぐに命を落とす。
 型通りの動きは、基本であると同時に融通がきかないものだ。
 その点、今のシンジは柔軟性に優れた動きといえた。アスカやレイに迫る勢いで目標を撃ち抜いていく。

 「命中率も、以前とは雲泥の差ですよ!」 
 
 感心したように日向マコトが声を上げた。忘れがちだが、青葉シゲルと日向マコトのコンビは健在である。

 「まるで全方位を見通しているみたいッスね。“鷹の目”ってヤツなのかな」
 「いかにも場慣れしてるって雰囲気だし・・・・シンジ君、三年間何してたんだろう」

 ただ放浪してましたと言われて、はいそうですかと信じる者は誰もいない。明らかに以前より動きが研ぎ澄まされているのだ。しかし、それは人の範疇であって、三年前に恐れられた“暴走時”の動きとはまた違った。
 碇ユイがインストールされていたからこその“暴走”であって、それは初号機最大の強みといえた。その強みも今は失われ、ポテンシャルこそ他の二機を凌駕するが、時代遅れの感が出てきたのも事実であった。それは零号機にも言えたことだが、度重なる改良によって解消されている。
 量産化を前提に設計された弐号機が纏える装備が初号機に比べて圧倒的に多いのも頷けるというものだ。汎用型と銘打ちながらも扱いにくいEVAなのだ。これ以上のデメリットは兵器運用にさえ支障を及ぼす。

 「まあ、初号機が戦列に加わったのは心強い限りだわ。アスカの士気も上がるだろうしね」

 含み笑いしながら視線をやった先には、副指令兼技術部顧問のユイと話し込むアスカがいた。初号機の再起動実験以来、以前にも増して意気込んでいるお姫様には期待も大なところだが、どこか人を寄せ付けない雰囲気を持ち始めたことには、マヤも多少心配気味なようだった。事実、シンジと関わりが深いリツコ、アスカの両名は、NERV内でも噂になっている。曰く愛人関係だとか、両手のに花の状態だとか――――――マヤにしてみれば虫唾が走る噂ばかりだ。
 まあ実際にはそういった事実はなく、本人達も気にしていないようだった。
 ビー、という電子音の後に、シュミレーションの結果が表示される。「おおっ」と、結果を目にした面々が感嘆の声を上げた。

 「驚いたわね・・・・現役でやってる二人に負けてないじゃない。状況判断能力に至っては独断場だし」

 リツコが驚くのも無理はないだろう。以前のシンジは、シンクロ率を除外すれば訓練しただけの素人だったのだから。
 ”鬼神”と言わしめていたのは初号機が持つ特異性のためなのだ。<暴走><リリスの御子><S2機関>、それらは初号機が持つチカラなので、シンジの実力とはいえなかった。
 しかし幸か不幸か、老人とゲンドウのシナリオ通りに“強くなってみせた”のが、哀れかな碇シンジだったのだ。
 だが今現在、誰の目から見ても、少年は実力を伴ってこの場にいる。行方を眩ましていた三年の間に何があったのかは定かではない。その上で彼は“軍人”として、恥ずかしくない程度に実力をつけて戻ってきた訳である。

 「もう・・・・文句の付けようがないじゃない」

 最後までシンジの参加を渋っていたミサトがため息をつく。こんななりでも軍人の端くれ、個人的な感情で戦力を拒むのは愚の骨頂である。そこを理解するからこそ、言葉だけではないシンジにため息もつきたくなる。
 哀愁が漂う指揮官に生暖かい目を向け、やはり無言の碇レイは、視線も鋭くモニターを睨む。
 支援を得意とする彼女が好んで扱うのも、また重火器である。故に得意分野とされる銃撃戦でシンジの腕を見せ付けられ、自身も気づかなかったプライドを傷つけられたことを悟った。

 (だけど――――――戦い方が、上手)

 得意だからこそレイには分かる。止まっている的を打ち抜くのと訳が違う実戦では、狙撃は別として、自身の足運びが重要なのだ。それも一対多数――――――かのウナゲリオンもとい、量産型エヴァンゲリオンとの戦いのように、圧倒的不利な状態では、重火器は逆にお荷物になってしまう。
 敵は正面だけとは限らない。引き金を引いた瞬間に背中を刺される、なんてことは十分に考えられるのだ。
 青葉が指摘した“鷹の目”という比喩も、あながち的を得ているかもしれない。レーダーを視界に入れつつ、自機を囲まれないように移動していく。射撃にばかり集中していてはできない芸当だ。レイでさえ射撃の瞬間には視界を狭めるというのに。

 「お疲れ様、上がってもいいわよ?」
 『はい』

 労をねぎらうリツコに答え、シンジが機体から姿を現す。
 長い黒髪を後ろ手に縛った姿は、言われなければ男性だと気づきはしないだろう。母親似であるから美人(?)であるし、何よりレイとは色違いの姉妹かと錯覚してしまいそうだった。
 それはユイと似ていることと同義である。
 ユイとの接点を犯されているようで、レイには不快だった。

 「・・・・ふう」

 何よりその、色っぽい仕草が男性諸君には毒であった。自分にそんな趣味はないと否定しつつ、視線はいつの間にかシンジを追っているのだから始末に置けない。いっそのことシンジに告白してみようか、などと考えていると、いつの間にか、紅いお姫様に睨まれていたりする。
 そんな男性職員の葛藤を知らないシンジは身体を拭きながら、リツコとミサトの隣に並ぶ。
 頭半分ほど突き出た身長は、男性にしては平均くらいであろうか。170前後のそれは、嫌にでも細身美人と連想してしまう。

 「・・・・感服したわ」

 苦笑いしながらミサトが言った。

 「それはどうも。三年前に比べれば使い物になるでしょう?」
 「・・・・悪かったわよ。あたしがチョッチばかり言いすぎだったのは認めるわよ」
 「“チョッチ”、ねえ・・・・」

 戦術シュミレーションを始める前、ブランクがあるシンジに対してミサトは皮肉をこめてこう言ったのだ。「エースは未だに健在かしらん?」と。
 初号機の機体性能に頼っていたシンジに対する嫌味だったのだが、いとも容易く返されてしまったようである。

 「まあ、いいでしょう。指揮官は葛城さんですからね。使えると思ったら使ってやってください」

 顔をしかめるミサトに、「では」と踵を返して去っていく。未だ埋まらない溝に呆れつつも、以前よりかはマシになってきた酒飲み指揮官の愚痴を、リツコはこの後、延々と聞くことになる。











 「すごいじゃないの、シンジ!」

 まるで、わが身のことのように喜ぶユイを尻目に、シンジは司令室の中央に立っている。ヘッドセットの役割を果たすヌル助を床に置いた彼は、表情を変えることなく笑顔で切り返した。

 「ありがとうございます」
 「どう? アスカちゃんから見ても凄かったわよね?」
 「ええ。実戦でも十二分に通用するでしょう」

 普段は砕けた口調で話すアスカだが、司令室ではそうもいかないようだ。もっとも、敬語で話すアスカを初めて見たシンジには、結構な驚きであった。元々猫被りが上手かったせいもあるのだろう、口調の切り替えは驚くほどスムーズだ。
 
 「あなた」
 「なんだ?」
 「シンジに何かねぎらいの言葉はないんですか?」

 無表情の顔を、ピクリと引きつらせ、ゲンドウは嘲笑した。いや、本人にしてみれば微笑んでいるつもりなのだろうが、見下された態度しかとられたことがないシンジからすると、それは嘲笑にしか見えない。
 しかもサングラスをかけていない現在、目が鋭く、口だけ吊り上げて微笑むなんて離れ業をされても、対応に困るだけだった。
 
 「・・・・うむ。期待している」

 嬉しくもなんともないのはシンジだけではあるまい。むしろ馬鹿にされているのか、とさえ思ってしまう。
 状況が分かっていないのか、ユイは満足そうに微笑んでいるし、冬月は「どうも」と、これまた無表情で答えたシンジに顔を引きつらせた。頼みの綱であるアスカに目をやるも、苦笑して首を振るだけだ。
 異様な雰囲気に包まれた司令室。冬月は久しぶりに胃の痛みを覚えた。
 
 「ゴ、ゴホン。シンジ君、これで次回からは君も出撃してもらうことになるが、本当にいいのかね?」

 とはいっても、使徒戦のようにいきなり戦場に借り出される訳ではない。NERVは戦自の後に投入されると決まっているのである。すでに二回も敗戦を記している戦自には後がない。次は文字通り、決死の覚悟で挑むつもりだろう。
 NERVにしても都合が良かった。OOパーツは未知数だ。相手の戦力を図る上で、偵察もなしにEVAを出撃させるのは控えなければならない。
 それ以前に、EVAを実戦に出すのを、国連が渋っているようなのだ。彼らが今まで必要としていたのは、“NERV”と書かれた看板だけだ。行き過ぎた武力はそれだけで不安材料になる。尻尾を振るから仕方なしに飼っているだけで、できることなら跡形もなく消し去りたいのが本音なのだろう。

 冬月の問いに、シンジは迷うことなく頷いた。

 「僕達が出撃する事態にならないのが一番ですけど・・・・いざとなれば、僕も出撃させてもらいたいです」
 「ええ・・・・出来ることなら、あなた達のような若い世代に、迷惑はかけたくないんだけど・・・・」

 未だ、学生として過ごしていてもおかしくない年齢の子供達を戦場に出すのは忍びない。しかし、それ以上に今の事態は緊迫しているのも事実であった。
 ユイが考える「生きていれば、どこだって天国になる」という発想も、人類が生き延びてこその思想なのだ。OOパーツによって滅ぼされてしまっては意味もなさない。生きているからこその可能性。生きているからこその未来。ヒトにはまだ多くの道が残されている。生き汚いと罵られても構わない。生きていれば、生きていれば、きっと笑える未来がやってくるはずだ。
 生き延びるために戦う。
 しかし戦いは好まない。
 状況が状況なだけに、世界の矛先はOOパーツという共通の敵に向けられている今も、紛争地帯では未だに人間同士が争い続けている。世界の危機だ。人類の危機だ。言葉だけで発せられた警告の、なんて頼りないことか。彼らは自身の身に災いが降りかかって、初めて矛先を変えるのだろう。そしてまた、何事もないように殺し合いを始める。
 人とはそんな生き物なのだ。
 例え明日には世界が終わるとしても、これ幸いにと、略奪の犯罪行為に走る輩は少なくはないだろう。
 割り切った国家は核ミサイルのボタンをも押しかねない。

 

 ――――――どうせ死ぬくらいなら、と。

 

 死期を間近にして時間があれば、人間の負の感情は一気に溢れ出してくる。戦場で暴行が蔓延するのもそういった経緯からだ。他者を傷つけ、嬲り、死の恐怖から逃れようとする。
 死ね、死ね、死ね!
 明日にも肉塊と化すかもしれない状況――――――蜂の巣にされて死んだり、四肢を吹き飛ばされて死んだり。そんなイメージが高まるに比例して、人は紛らわすように狂気に走る。
 死にたくないと叫んで、辺り一面に死を撒き散らす。さながら狂犬病に感染したかの如く。
 だが、それがどうしたというのだ。
 死ぬのが怖い? 当たり前ではないか。
 他人まで巻き込むな? ふざけるんじゃない。
 苦しんでいるっていうのに、のうのうと平穏を貪るヤツらを見過ごせる訳がない。
 こうなってみれば分かる。
 こうなってみなければ分かるはずもない。
 人とは、経験して成長するものなのだ。
 それと同時に、経験して堕ちていくものなのだ。

 「今更何を言うんですか」
 「え?」
 「僕達はもう普通じゃないんです。使徒を殺した感触とか、身体を貫かれる感覚とか、そういった普通じゃない経験をしてるんですよ?」

 使徒だって生きていた。臓物だってある。血だって噴出す。事切れる前の断末魔の絶叫だって人と大して変わりはない。
 それを延々と殺してきたのがチルドレンだ。
 血気盛んな鈴原トウジでさえ恐怖したそれを、臆病な少年だったシンジは無理やり経験させられたのだ。今更「迷惑をかけたくもない」なんて言われても、当のシンジ達は困るだけだ。レイやアスカ、シンジの三人は、すでに理不尽な命令には慣れきってしまっているのだから。

 「副指令、そんな些細なこと・・・・・・・・は、気にしなくてもいいんです。相手は人類の敵なんですから、僕達チルドレンが殲滅することに問題はありません」

 そうでしょう? と、笑顔で聞くシンジに、ユイは答えることが出来なかった。

 「シンジ」
 「なんでしょう、総指令」

 黙りこんでしまったユイの代わりに、ゲンドウが口を開く。怒気が多少含まれるのは、ユイが気落ちしてしまった仕返しなのだろうか。大人気ない行為に内心苦笑しつつ、父親の目を正面から見返した。

 「そこまで言うのだ。ヤツらを殲滅する自信があるのだろうな?」
 「――――――それに関しては、惣流さんの方が適任でしょう。アスカ、いいかな?」

 寄り添うように付き添っていたアスカが微笑みながら頷いて、一歩前に出る。シンジに頼りにされたことが嬉しいのだろうか、普段より気合が入っているように感じる。リツコはこの場にいない。シンジに続けて、レイのシュミレーションに付き添っている。一秒も無駄にできない時間の中、NERVの面々は準備を進めている。
 力がなくても、知恵を振り絞って足掻き続ける。それが知恵の実を食した者の宿命だと、自ら言い聞かせるように。

 アスカはリツコがよく使用するスクリーンを下ろし、用意していたディスクを投影機に挿入した。
 映し出されたのは、<約束の刻>の襲撃時に量産型EVAが携えていた<ロンギヌス・コピー>である。普段は両手で扱う平坂の槍なのだが、投合時には二重螺旋構造――――――すなわち、オリジナルのロンギヌスと同一の形態に変化する。その効果こそATフィールドを貫くに至るのは弐号機によって証明済みで、当のアスカは、あまりこの槍に良い思い出はない。
 効果こそ絶大な槍ではある。しかしながら儀式に使用されるほど神位を持つ訳でもないようだ。

 「報告書にもあるように、OOパーツは高密度のATフィールドの塊です。故に、この<ロンギヌヌス・コピー>こそ切り札になると思われます」
 「・・・・ふむ。ATフィールドを貫くのは確かだが、ヤツは壁を張る訳ではあるまい。どうして切り札になるのだ?」

 冬月の認識として、ロンギヌスの槍は、絶対不可侵の壁を貫くものだと考えている。元々槍は点を持って“貫く”ことに特化した武器であるし、ロンギヌスは問答無用・・・・でATフィールドを無効化する。付加効果が売りの、神殺しの槍なのである。

 「絶対不可侵であるATフィールドの天敵がロンギヌスの槍なのはご存知ですね?」
 「うむ」
 「そして、OOパーツを現界させるのもATフィールドです。つまり――――――」
 「なるほど! OOパーツの存在ごと・・・・消し去ってしまおう、ということか」

 OOパーツを現界させるのがATフィールドだとすれば、その根本を消滅させれば、芋づる式にOOパーツを殲滅できると考えた。そこに外皮の強度や生命力は関係ない。元から断ち切るのだから、直撃すれば確実に殲滅できるのだ。
 例えれば、風船に針を刺すようなものだろう。

 「我々は幸運にも、三本の槍を回収できています。改修作業も終わりました。しかし問題なのが、使用条件です」

 弐号機VS量産型の場合、圧倒的数量差があったからこそ、アスカの不意をついて貫くことができた。それに“ATフィールドを無効化する”と知っていれば、壁を張って止めようとは考えない。投合さえを察知すれば、避けることも不可能ではないのだ。
 当たれば一撃必殺。
 しかし、当たらなければ、ただの投合槍と変わりはない。

 「“槍”という性質上、EVA自らが振りかぶって投合しなければなりません。機械化による投合機も試したのですが・・・・螺旋化の発動さえしませんでした。恐らく、“ATフィールドを貫く”といった、意思を持った者が槍を手にし、初めてその効果が発動するのでしょう」

 言うなればEVAと同じなのだ。シンクロシステムは人間でなければ起動しない。故に綾波レイのクローンを媒体にした、思考を持つ<ダミーシステム>を開発したのだ。機械任せではEVAは起動さえできず、それではただの木偶の坊である。
 ちなみにダミーシステムはすでに破棄されているので、すでに初号機はシンジしか動かせない状態だ。綾波レイのクローンも、サードインパクト後に忽然と姿を消し、今までに存在は確認されていない。

 「EVAが使用しなければ意味がない、か。そうなると接近してからでは投げられんからな・・・・遠距離からの狙撃投合しかないか・・・・?」

 戦闘のプロでない冬月でも、投合時に構えるだけの余裕を、敵が与えてくれるはずがないのは承知している。隙を見せようならば真っ先に狩られるのが戦場なのだ。悠長に槍投げなんぞさせてくれないのは当たり前だろう。
 三体というアドバンテージがあるにしろ、規格外のOOパーツには大した脅威にはならない。<ヤマタノオロチ>のように、巨大で動きが緩和ならばいいのだが。しかも何体と現れるかも分からないOOパーツ相手に、三本しかない切り札を、そうポンポンと使用する訳にもいかなかった。

 「適任なのはファーストチルドレン、碇レイでしょうね。彼女は第15使徒迎撃時に、実際に投合していますし」
 「そうだな。それにレイは支援向きだから、遠距離からの狙撃のついでに投合、という手もあるな」
 「前衛を私の弐号機、サードチルドレンの初号機。後衛を零号機、というスタイルですね」

 前衛の危険性もさることながら、後衛で支援する技術は前衛以上に必要とされる。いかに仲間の邪魔をしないで敵を退けるか、仲間の動きに合わせて攻撃を仕掛けるか。並大抵の腕では邪魔にしかならないだろう。

 「だ、大丈夫なの?」

 チルドレンの戦闘を録画映像(一部偽造あり)でしか見たことのないユイは、不安げにシンジに尋ねた。

 「ええ。なんせ、あの頃は死に物狂いでしたからね。それこそ死に掛けた数も一回や二回ではありませんよ?」

 というか、シンジは初めて搭乗したときも死に掛けていたりするのだが。

 「碇さんなんか実際死にましたし・・・・・・・・。『私が死んでも、代わりはいるもの・・・・』なんて言うから変だとは思ってたんですけど、本当に代わりがいるとは思いませんでしたよ」

 カラカラと笑うシンジに絶句するユイ。どちらにしろ、笑えないブラックジョークである。

 「まあ、今の碇さんにはスペアはないみたいですけど、大丈夫でしょう。以前と違って“生”に執着あるようですしね。僕やアスカだって同じです。まだ死にたくないし、死ぬつもりもありません」
 「・・・・」
 「そんな顔しないでくださいよ? 安心してください。いざとなれば、僕がN2持って特攻しますから」

 だから安心してください。シンジはニコー、と、口を吊り上げながらワラった。
 顔を青くして俯くユイの肩を抱き、ゲンドウは鋭い視線をシンジに向けた。心なしか殺気もこもっている眼光。その睨んだだけで人を殺せそうな視線を飄々とやり過ごし、シンジの黒髪がサラリと揺れる。

 「すいません、冗談が過ぎました。やっぱり、S2機関を暴走させながら特攻した方が良かったですかね?」

 辺り一面ディラックの海! と、碇シンジは、さもおかしそうに腹を抱えて笑う。

 「・・・・笑えないジョークだな」
 「本部の自爆よりはマシだと思うんですけど」

 呟く冬月に、アスカが即答した。











 夕刻、赤木邸。

 仕事を終え、早めの帰宅を果たした面々は、それぞれが定位置のソファーにつっぱした。リツコはミサトの愚痴の聞きすぎによる疲労、シンジとアスカはリツコに続いてダイブした。

 「きゃんっ」

 妙に乙女ちっくな声を聞きリツコが視線をやると、シンジの上に重なるようにして寝転がるアスカの姿が目に入った。幸せそうに頬を赤く染めて顔を埋めている。なにやってるのよ。いつの間にそんな仲が良くなったのよ。こっちは毎日仕事で疲れているっていうのに、若い二人は楽園ベイベー? ちょっとシンジ君? いつもの皮肉は? 重いからどけって言わないの? ねえってば。
 荒く息を吐き、米神に血管を浮き上がらせながらも、リツコは冷静を装って問う。

 「・・・・何、してるのかしら?」
 「えへへー、シンジぃー」
 「むぎゅ・・・・重いって、アスカ」
 「むー、なんですってー?」

 リツコを無視してイチャつく(リツコ=アイ)二人は目の毒でしかない。堪忍袋の尾はとっくの昔にブチ切れ状態である。なんだか知らないうちに仲良くなっている二人もムカつくし、置いてきぼりにされたような気がして悔しい。
 というか、家主を無視してラブホごっこするのは許せん所業である。

 「・・・・シンジって暖かい」
 「ムネ当たってるってムネムネ」

 増殖するのは米神の青筋。
 イロウルも真っ青の速度で増殖を続けるソレは、いつ破裂して血の雨を降らせるか予想もつかない。「ふふふふふ・・・・」と、静かに立ち上がった彼女の顔は窺えない。
 目標確認。
 誤差修正、±0,5。
 幽鬼のようにふらつくリツコの足元は危うい。これが千鳥足の見本ともいえる足取りで、リツコは獲物へと向かう。

 彼女は疲れていたのだ。
 正常な思考など、ミサトが十三本目のビールのプルタブを開けたときから失っている。記憶が混線し、ミサトの酔いが感染したのか目は虚ろ。

 故に。
 彼女を縛り付ける理性モノは、皆無に等しい――――――!

 「シンジくーん」
 「「ぐえっ」」

 重なる二人に、追加でリツコも倒れこんでいく。普段なら考えられない行動。生憎今のリツコは本能に従って生きているに等しい。理性のたがが外れた彼女はもうロジックじゃないのよ。
 潰されたシンジ達は驚きながらも、そのまま眠りこけるリツコを見ると、互いに顔を見合わせて苦笑した。

 「・・・・リツコさん、かなり疲れてたみたいだね」
 「うん」

 でも。
 こんな日もたまには良い。
 普通な日常。普通じゃない生活。壊れた心。壊れた感情。
 許容しろ。
 楽しめ。
 日常を噛み締めろ。
 全てが流れのままに過ぎていく中で、シンジは思う。
 こんな下らない世界。
 こんなひび割れた世界。
 世界、世界、世界。
 一人一人の世界があって、その世界の中に住人がいて。住人は世界に生きて、歯車は世界を動かす。
 シンジは思うのだ。
 こうして自分が生きているのも、もしかしたら夢なのではないかと。
 もしかしたら、今も紅い海の前で眠っていて、波打ち際で黒い月を仰いでいるのではないかと。
 恐ろしい。
 “恐ろしい”。
 “怖い”と感じたことが脳に伝えられ、彼が“怖い”と知る。それから考えてから、初めて“怖くなる”。それが彼の感情。意識して感じないと、“嬉しい”とか“悲しい”とは認識できない。
 空しかった。
 空しいと感じる自分がおかしくて、声を押し殺しながら笑った。
 くだらないくだらないくだらない。
 くだらないこともくだらない。
 ならば、考えたところで意味もない。今日は疲れた。背中に感じるアスカの体温が心地いい。このまま寝てしまおうか。
 それがいい。
 目が覚めたら、世界は真っ赤になっているかもしれない。
 自分は、波にさらわれて海の底かもしれない。
 それでもいい。
 どうでもいい。
 目が覚めて、生きていもいなくても、自分はただ生きるのみ。
 


 明日の朝ごはんは何にしようか。
 ああ、そういえば、もう少しで世界は終わるなあ。

 なんて、ふとシンジは思い出した。






                                            ■ 第二十幕 「彼が言った/彼女が叫んだ」に続く ■