神造世界_心像世界 第十八幕 「終末への第一歩」
「本当に大丈夫なんでしょうか・・・・?」
キーを叩く指を止めて、伊吹マヤは不安げにリツコに尋ねた。
いくらシンジを毛嫌いしているとはいえ、目の前で彼がLCLに融けるのを見て喜ぶほど、彼女は酔狂でもない。実験に不安材料があれば心配もする。
モニターにはLCLを肺に取り入れようとしているシンジが映っている。<EVA‐001>と右下に表示されているのを見る限り、彼が三年前と同じようにプラグスーツを纏っているのを見れば、自ずとマヤが何を言いたいのか分かってくるだろう。
「どう、気分は?」
「しゃー」
リツコの声にヌル助が答える。
ヘッドセットの代わりに、シンジの頭の上にはヌル助が居座っている。傍から見れば馬鹿としか言いようがないが、この実験において、ヌル助が占める役割は非常に大きい。
まず結論から言えば、彼らは今、汎用ヒト型決戦兵器エヴァンゲリオン初号機の再起動実験を行っている最中である。
指令席には不安そうな碇ユイ、その傍らをゲンドウと冬月が固めている。レイは少し離れた位置で姿勢を正したまま、落ち着きなく経過を見守っていた。
「調子は良好です。すみません、無茶なお願いをしてしまって」
リツコが苦笑しながら、「構わないわ」と答えた。
「少しでも戦力は多いに越したことはないし、動かない初号機をそのままにしておくのは宝の持ち腐れだったから」
零号機、弐号機と違い、初号機はコアが空の状態なので、シンジでは動かせない状態だったのだ。誰もインストールされていない状態でシンクロを試みると、腹を空かせたEVAは搭乗者を飲み込んでしまう。シンクロ率400パーセントという桁違いの同調は、時として肉体さえも形を失くす。
故にシンジを乗せる訳にもいかず、今までずっと放置されていたのである。
しかし先日の<ヤマタノオロチ>出現以来、その圧倒的な力を見せ付けられた各国は挙って戦備を拡張し始めた。自衛のためには当然の流れとはいえ、それを隠れ蓑にして怪しげな行動を取る国まで現れ始めた。
危機感を持ち始めた国連は、NERVに抑止力として、エヴァンゲリオンの使用があるかもしれないと通達してきた。
エヴァンゲリオンの持つ力はそれこそ一騎当千であるからして、各国がいくら軍備を拡張したとはいえ、NERVを恐れて好き勝手には開戦しないだろうと考えた。もし野心を持つ小国が戦争を起こしたとして、EVAを中心にした国連軍でも十分に対処できる。EVAさえあればピンポイントで首都を制圧できるくらいなのだから。
ATフィールドという離れ業を有するEVAは、N2兵器さえも防ぎきる強みを持っている。
電力確保さえ整っていれば、城壁の如く防御を固めて歩兵を進軍させるのも夢ではない。<絶対不可侵領域>の名は伊達ではない、ということだ。
「それに感謝したいくらいなのよ、NERVとしても、ね」
零号機、弐号機、そしてスーパーコンピュータ“MAGI"を抱えるNERVは、国連や日本政府からの援助に頼って組織を動かしている。しかしながら金食い虫と称されるEVAは、稼動させずとも維持するだけで、週に数百万単位で資金を消費してしまう。頭が痛い問題だ。
現在支給されている予算も、EVA二体とMAGIを維持させるギリギリの範囲であった。国民の税金から支払われているのだ、もっと寄越せなどと叫ぶのは忍びない。
正義の味方が国民を飢え死にさせでもしたら、笑えないジョークである。
もし初号機が出撃可能となれば、EVAを三体保有していることになり――――――もちろん、危険性を唱える人間も多いのだが――――――三体分の予算を回してもらえることになる。
戦自兵たちは未だに初号機を恐れているようで、この件には一番の難色を示すことだろう。
NERVの彼らとて忘れた訳ではない。
翼を携えた神の代行者――――――サードインパクトを起こしたのは、間違いなく碇シンジと初号機なのだ。
本来ならば封印するに越したことはない悪魔も、場合が場合なだけに、その規格外な戦力を放っておくことは出来かった。
常識外な“OOパーツ”に対抗できるのは、同じく常識外なエヴァンゲリオンだけである。敵に回せば末恐ろしい紫の鬼神も、味方になれば、これ以上に頼もしい存在はない。
当然、予防策として、今回の初号機には強制終了装置――――――簡単に言えば、コアをぶっ飛ばす爆弾を取り付けている。発動すればシンジも消し炭になるだろう。だが彼は笑顔で了承している。考えてみれば、それを使うのは初号機がインパクトを起こす鍵となった場合、アンチATフィールドを放つときだろう。初号機を破壊しなければ全人類が死滅する以上、ユイとて文句の出しようがなかった。
「でも、まさかこんな手があったとはね・・・・」
リツコが呆れ気味に呟いた。
コアに人間をインストールしない以上、それではシンクロのしようがない。新しくチルドレンを選抜したところで、肉親を強制的にLCLに融かすのをユイが許すはずがなかった。
手詰まりになっていたその問題を、シンジが奇抜的なアイディアで解決したのが、今日の今朝方である。
「「初号機を起動させる!?」」
いつものように朝食をとっていた三人(+α)は、いきなり言い出された事に驚いて声を上げた。
「ええ。もちろん、被験者は僕ですけど」
狼狽する二人とは対照的に、碇シンジはサラッと言ってのけた。
アスカやレイがチルドレンとしてEVAを起動できるのは、コアにインストールされた肉親の加護のおかげである。零号機には綾波レイのクローン(恐らく一人目かと思われる)、弐号機にはアスカの母親、惣流・キョウコ・ツェペリンが未だに取り残されているからだ。
初号機に取り込まれていたはずの碇ユイは、どういう訳か、サードインパクトによって帰還している。故に初号機は空っぽの状態で、餌となる人間を待ち続けていることになる。
「無茶よ! シンジだって分かってるでしょう? 今の状態でシンクロしたら、確実に取り込まれるわ!」
「なんの策もなしに乗り込む訳じゃないよ」
シンジの表情からして、その策とやらはすでに考えているのだろう、と、リツコは感心したように彼を見る。。
そもそもEVAが人を取り込む理由は、その魂の大きさ故なのである。使徒を模倣して作り上げられたEVAには魂こそあれ、自我がない無職色のものなのだ。それ故に色を持つ人が入り込むと、際限なく交じり合ってしまう。
水バケツにインクを垂らした、と考えれば分かりやすいだろう。
今までのシンクロシステムは元となる人間を予め融かして色をつけ、そこに耐性のある同じ色の人間――――――つまり肉親を搭乗者として乗り込ませる。するとコアに入っている親近者は、肉親である搭乗者を守ろうとする。
「碇ユイをもう一度取り込ませるのは無理そうだから、代わりにクッションを使うんだ」
「クッション?」
アスカとて技術部に属するほどの頭脳を持ち合わせている人間である。しかしながら、親近者を取り込ませる以外の方法など、見当もつかない。
「話は変わるけど、OOパーツの正体ってなんだと思う?」
「そうね・・・・実際に伝わっている伝承を模したものばかりだったから・・・・私たち人間が関わっているのは確かじゃなくて?」
リツコの脳裏には、今までに現れたOOパーツの姿が思い出される。規模や範囲は違うのだが、それぞれの土地で有名な化け物ばかりが出現したのだ。
その理由は考えるまでもない。
有名だったからだ。
「ええ――――――って、僕だって全てを知っている訳じゃないですよ? リツコさん、その視線はやめてください」
好奇心丸出しの赤木リツコは怖い。<マッドサイエンティスト>の二つ名は伊達じゃない。
「リツコさんの言う通り、OOパーツは現れる場所の伝説に沿った形で現れるんだ。日本なら八岐大蛇、エジプトなら死の神アヌビス。でもそうなる理由は?」
「私が思うに、OOパーツはATフィールドで形成されているからじゃないかしら」
「ATフィールド? 壁とか光のパイルをATフィールドの応用でってなら分かるけど・・・・どういうこと?」
アスカは眉をひそめながらリツコに聞く。
長い間OOパーツ専門で研究してきたリツコに比べて、アスカは専らEVA一筋だったのでついていけないようだ。
「存在そのものにATフィールドを使っているってこと。私たちヒトと同じね」
「生物と、でしょう? でもなるほど。伝説上の生き物っていう不確かな存在を無理やりATフィールドで現界させてるのか」
「ATフィールドは心の壁よ。だから人間の感情に左右されやすくて不安定なの」
「・・・・じゃあ、規格外の第壱号がすぐに消えたのも」
「そうね。第壱号は母体みたいなものでしょうから・・・・機械と同じで、初期のものは不良が多いんでしょう、きっと」
疑問が解けて嬉しいのか、アスカは景気よく笑った。
「そうだとしたら・・・・一体、OOパーツは誰が作りあげたんでしょうね?」
シンジは試すように二人に聞く。
少し考え込んだ後、リツコは弾けるように顔を上げた。
「――――――心の壁はヒトとの隔たり。ヒトのATフィールドが彼らを作ってるの、もしかして・・・・!」
「そうよ! 世界中の人間のATフィールドが集まって彼らを形作っているとしたら、影響されやすいのも納得がいくわ」
人が作り上げているからこそ、人の感情に左右されやすい。言わば人間こそが彼らの生みの親なのだ。A型の両親からO型の子供が生まれないように、日本人が生み出すのもまた、日本特有の化け物だ。
その中でも世界的に有名であるのが――――――ドラゴン、という訳である。
「負の感情に影響されるのも、僕たち人間が彼らを作り上げたから。彼らは人間の、ATフィールドの塊りなんです」
「はっ、人類の敵とはよく言ったものよね。文字通り人類が作り出した敵なんだから」
アスカは胸糞悪そうに毒づいた。無理もないだろう、必死になって殺そうとしている相手は、人間の心で出来ているというのだから。
だが何かが引っかかって、アスカは首を傾げた。
よく分からないが、何か重要なことを見過ごしているような気がするのだ。それがなんなのか、見当もつかないのだが。
「でもどうして具現化するに至ったのかしら。サードインパクトが関係してるんでしょうけど」
サードインパクト前に退場しているリツコは、その目でインパクトの瞬間を見ていない。
「重要な問題の二つ目ですね。まあ、結果から言って、この世界は綻び始めているんです」
「「?」」
金髪が揺れる。そろって彼女たちは首を傾げた。
比喩にしては面白い例えだと思うのだが、シンジの口調は断定的すぎた。
「サードインパクトという大破壊が起きたのに、何事もなかったように僕らは生きている。それだけでもおかしいでしょう?」
紅い海を知るアスカは沈痛な気持ちになった。
確かに、あの海ではLCLと陸地意外、本当に何もなかった覚えがある。
「しかも破壊されたはずの施設まで直っている始末。――――――ここで問題です」
人差し指を立てたシンジが偉そうに胸を張った。某あかいあくまの説明スタイルなのだが、生憎アスカとリツコが知る良しもない。
「サードインパクトの前と後。変わった風景は一体なんでしょう?」
「まるで間違い探しね」
リツコは思考を深めて思い出してみる。戦自が責めてきたことによる本部施設の損傷、使徒戦で破壊されていた建物。考えてみれば、兵装ビルに限らず、民家も含めて第三は壊滅的被害を被っていたのだ。それなのに目が覚めてみれば、一切が元通りになっているではないか。
寝ているうちに小人さんが直してくれたと思うほど、リツコは楽観的思考を持ち合わせてはいない。
「破壊されていた建物の再生。あと――――――OOパーツ、か」
「OOパーツって、あの化けモンは関係ないでしょう」
「あのねえ・・・・忘れがちだけど、元々“OOパーツ”っているのは、世界中に生えたオブジェクトの名称なの。第三にもいくつか残っているでしょう?
“Out Of Place Artifacts”直訳すると“場違いな遺物”ね。水晶のドクロとか、黄金の飛行機とか。オカルト方面では結構有名なのよ? そこから名前を借りたの」
科学者であるリツコから<オカルト>なんて、言葉が聞けるとは思ってもいなかったアスカは、鳩が豆鉄砲を喰らった表情を浮かべた。
「世界中に“生えた”オブジェクトをOOパーツと呼ぶのだとしたら。第三で“直っていた”建物はなんて呼ぶんでしょうね?」
「「――――――あ」」
そうなのだ。
生えた沸いた、と大騒ぎしていたからカモフラージュになっていたのだが、そもそも、破壊されたものが直っていること事態おかしいのだ。本部施設にしろ第三のビルにしろ。
サードインパクトによって文字通り、世界は紅い海と化した。
無機物である建物さえもLCLに融け、僅かな陸地を残し、第三はLCLの海に覆われたのである。それは実際に目にしたアスカがよく知っていた。
「だとしたら!? もしかして、第三新東京市自体がOOパーツだって言うの!?」
結論に至ったアスカが仰天して声を荒げ、リツコも理解したのだろうか、目を見開いて驚いている。
シンジはクスクスと笑いながら、イタズラに成功した子供のように目を細めた。
「それに加えてサードインパクトを起こしたのも第三新東京市。言うなれば、世界の中心なんですよ、文字通りね」
「道理でOOパーツが集まる訳だわ・・・・黒い月であるもないも、世界はここを中心に回ってるんじゃないの。ATフィールドが集まりやすくなるのも頷けるわ」
「それでさっき言った“綻び始めている”に帰り着くんです。本来、46億年もかかった作業を一気に片付けたんですから、作業がずさんになってしまったんですよ」
一息つくと、再び語り始める。
「そのせいで、世界と人との隔たりが、曖昧になってしまった。漏れ出したATフィールドは集まって自我を持ち、人々の幻想という身体を得る。そして僕たち人間も、あろうことか世界に干渉出来るようになってしまったんです」
「干渉出来る・・・・?」
「文字通りそのままですよ。ほら、覚えてませんか? 初めて出会った日に、酔いを醒ましてあげたでしょう?」
言われてから、その日の出来事をリツコは思い出した。
独房に入れられていたシンジと酒を飲み交わした直後にOOパーツが現れ、見かねた彼が何やら呟いた後、嘘の様に酔いが醒めたことがあった。
「そのときは時期が時期でしたから、軽い暗示みたいな真似しか出来ませんでしたけど・・・・アスカだって分かるでしょ? <第壱拾壱号事件>って言えば」
「・・・・やっぱり、あの高揚感とか、身体能力が上がった気がしたのはホントだったのね」
元より普通の人間なら死んでいたのだ。死に面した体が、無意識に身体能力を底上げしたのだろう。
「変化は世界中の人間に等しく現れているんだけど、みんな気づいてもいないみたいだし。それに気づいたって普通の人では上手くいかないはずだよ?」
チルドレンくらいだろうなあ、上手く干渉出来るのは。シンジが付け足す。
「私にも出来るのかしら?」
「時間をかければ出来ないこともないでしょうけど・・・・いきなり想像できますか? 自分が身長より高く飛んだり、車より早く走ったりするのを」
「・・・・無理ね」
<車より早い>と、言葉では簡単に言い表せるのだろうが、実際にその姿を想像するのは、一般人では不可能だろう。流れる風景、感じる空気抵抗。一度は実際に経験でもしない限り、瞬時に思い浮かべるのは至難の業である。
その点、イメージすることは、チルドレンの専売特許なのである。シンクロシステムとは、イメージ伝達システムのことであり、実際に彼らはEVAの身体能力を経験している。故にアスカも世界に干渉し、EVA並みの身体能力を引き出すことが出来た。
極限状態の中で、彼女の身体がEVAに乗っていると、錯覚したのだ。
「さすがに僕らでも、炎を出したり氷のつぶてを吐き出したりとか、魔法使いみたいな真似は出来ません」
「う〜ん、言われてみれば。アタシだって想像出来るのは身体能力とATフィールドくらいかな」
なんでもないように言うアスカだが、生身でATフィールドを使えでもしたら、それだけで銃よりも危険な代物と化すだろう。断層を使用した切断方法で人を殺せば、証拠を残さずに完全犯罪となる。
しかし、世界は綻び始めているものの、原理を知ったアスカがATフィールドを使うことはできない。知ったからこそ、使えなくなった、とでも言おうか。人並みならぬチカラは想像が難しい。「本当にできるのか?」と、疑った時点で実現は不可能になる。一度試して無理ならば、「やっぱり無理か」と、疑念は確信になる。
故に、シンジもATフィールドを生身で張ることはできない。EVAに乗っているからこその力だとチルドレン達は“知ってしまっている”ので、記憶でも失くさない限り、その考えが改められることはないからだ。
「で、それは兎に角。今までの話を踏まえた上で、僕は再起動実験をしたいと思うんですけど・・・・」
話が長くなってきたので、シンジは紅茶を用意しながら言う。適度に蒸らされた茶葉から香る、甘い匂いに女性二人は頬を緩ませた。
三人分のカップに注ぎ、それぞれの前に差し出す。
「今回の実験の要は――――――彼です」
「しゃー」
誇らしげ(?)に胸を張るヌル助。
アスカは呆れたように、馬鹿にした視線を送る。それに気づいたヌル助は「しゃーあーあー」と威嚇(?)をするも、可愛らしすぎて効果はなかった。「ふ、可愛いわね」リツコは猫科を問わず、可愛いものは結構好きなのである。
シンジの頭の上に居座るヌル助(爬虫類/幻想種)は、正真正銘のOOパーツであり、規格内OOパーツ第弐号“ツチノコ”という正式名称も持っている。
しかしながらヌル助は、他の悪性と違い、害を成さない善玉と判断されたので、こうしてシンジのペットとなっている。
「・・・・実験の要、ねえ」
とは分かっていても、気が抜ける鳴き声を聞くと、胡散臭く感じるのはアスカだけではない。
「ヌル助はOOパーツだから、高密度のATフィールドで形成されているはずなのよね。それを緩和剤として利用すれば――――――」
理論とかそういう小難しいことはこの際無視してしまう。そもそも、OOパーツ事態が常識の範疇を超えているのだから。
「ヌル助がコアの親近者の代わりになるって訳ね。うん。癪だけど、ヌル助ならシンジを守ってくれそうだし、いけるかも」
頼りないけど、とアスカが苦笑しながら付け足した。
「主電源接続」
オペレーターであるマヤの声が発令所に響く。
ついに初号機とのシンクロが始まり、気の弱いユイは今にも倒れそうだ。その隣で手を握り締める中年と老人をレイは睨みつけるのだが、涼しい顔をして彼らはやり過ごす。
「第二次コンタクトに入ります」
LCLが電化されて無色透明へと変わる。
「A‐10神経接続を第弐号に移行、迂回して搭乗者へと経由」
以前と同じく、痛みなどの感覚はフィードバックされるシステムは変わらず、今回はヌル助を経由させているので、彼も痛みを感じることになる。その小さい身体で痛みを受け持つのだ、ヌル助の負担は計り知れない。
「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス」
「初期コンタクトすべて問題なし」
「双方向回線開きます」
ゴクリ、と誰かが生唾を飲んだ音がやけに大きく感じる。次の瞬間から、シンジの身の保障は皆無となるのだ。過剰シンクロによってLCLに解ける可能性もゼロではない。そうなれば母親のユイと同じ運命を辿り、初号機に喰われることになる。
皮肉にも、ユイの実験の際、シンジが見ていた風景とそれは重なって見えていた。
「――――――シンクロ率、58.3パーセント」
「ハーモ二クス正常、暴走ありません」
「――――――エヴァンゲリオン初号機、起動しました」
それは比較的あっさりと。
三年前に恐れられた鬼神が、目を覚ました瞬間であった。
「S2機関順調に稼動中。出力固定、中心自爆制御機構も正常に稼動しています」
最後の報告を聞き、発令所の張り詰めていた雰囲気が消える。
ユイはヘナヘナと、腰が抜けたのかつっぱしてしまった。口を出す暇もなかったミサトは不機嫌そうにしながらも、不測の事態が起こらなかったので安心しているようである。
「シンジー、どんな感じー?」
『うん。悪くないかな、この血の臭いも。そう思わない? アスカ』
「あはは・・・・」
紅い海を経験した後も、普通に肉を食べられるシンジは結構な神経を持っているのだろう。
しかし、これでアスカはシンジと一緒に戦えることになった。
恐らく彼が準備を急いだことには意味があるのだろう。そのときがいつなのかは分からないが――――――。
それはそれで、結構楽しめる気がするのだ。
失敗した結果、世界が滅ぶとしても。
シンジが楽しめるのなら、それでも構わないと、アスカは思う。
■ 第十九幕 「 螺旋の槍 」に続く ■
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