神造世界_心像世界 第十四幕 「なんとなく流れる日常」












 「碇シンジです。よろしくお願いします」

 「惣流・アスカ・ラングレーです。好きなものはハンバーグ。見た目は外人だけど日本語はペラペラです。みんな、よろしく!」



 第三新東京市。

 市立中央高校、2年A組は黄色い歓声に包まれた。シンジの中世的な雰囲気に女子がきゃあきゃあと錯乱しかけ、溜まり気味の男達はアスカの美貌に昇天しかけた。

 






 前々から宣言していた通り、シンジは暇つぶしをかねて高校に編入を果たしていた。便乗したアスカはいろいろと根回しをかけて彼と同じクラスになるようにしておいたらしい。NERV職員(特に幹部クラス)は以前からの影響か、こういった裏工作には困らない。

 同じクラスになったシンジは多少苦笑いしていたが、別に気にすることでもないようだ。

 まず無精髭の担任に自己紹介をしろ、と言われたシンジとアスカは、セオリー通りに挨拶をすませた。だが普通でない容姿の二人ではそれも意味がなかった。あっという間に教室は混沌と化し、お釈迦様でもない限り答えられない質問会となる。

 基本的にシンジには女子が群がり、アスカには男子が迫る。小学校なら逆だったろうが、ここは青春真っ只中の高校である。傍から見れば、それは甘い匂いに引き寄せられた蜂の如く。

 

 「――――――」



 喧騒の中にあって、一人の少女だけは驚愕の眼差しで固まっている。

 彼女を怪訝そうに友人が頭を小突いた。だが反応はない。

 2年A組委員長、洞木ヒカリは人当たりが良く世話焼きで性格も良い。例に漏れず高校生活でも“イインチョ”として活躍していた。



 「・・・・なん、で」



 彼は死んだのではなかったのか。

 まさか。

 今、この場にいるのが一番の証拠ではないか。



 「碇と惣流は二列目の後ろに空いている席を使いなさい。知り合いらしいから隣同士で構わんだろ」



 はい、と返事を返して席に着く。教師の発言にどよめきが起こり、「え、マジ!?」「し、知り合いだってさー」と叫び声が木霊した。中には「ちぇ、告白しようと思ってたのに」なんて毒づく声も聞こえる。出会ったばっかりで告白も何もないだろうに。

 アスカは“一目惚れ”という言葉は信じないことにしている。

 一目見て好きになるなんて、容姿を好きだと言われるのと同義だろう。

 

 「お盛んだねえ」

 「アンタも少しは見習いなさい」

 「?」



 はて、とシンジは首を傾げた。
















 隣の教室では、A組に転入してきた生徒の話で大いに盛り上がっていた。シンジ達が学校に入ってから何人かの生徒に目撃されているから、容姿の端麗さもあって噂が広がったのだ。

 女の方はパツ金の外人との情報を入手し、相田ケンスケは眉をひそめる。

 脳裏に浮かぶのは暴虐武人の恐怖の女帝。

 猫も杓子もアスカ、アスカ、アスカ。



 (・・・・いや、偶然だよな?)



 元三馬鹿メンバーも残るのはケンスケのみになっていた。鈴原トウジは“未帰還者”であるし、碇シンジはサードインパクト以降は行方不明扱いになっている。



 (もう片方は案外シンジだったりしてな)



 












 「碇くん、久しぶりね。アスカも2-Aにようこそ」



 笑顔でシンジとヒカリは握手を交わす。

 彼女がシンジのことを快く思っていないと知っていたアスカは、その様子に拍子抜けしてしまった。リバーブローの一発や二発はかますと思っていたのだが。

 

 「お久しぶりです、洞木さん」

 「・・・・碇、くん?」

 「ああ、この話し方はデフォルトですのでお気になさらず」



 ヒカリは以前と雰囲気が違うことに驚いたようだ。「三年もあれば人は変わるらしいわよ?」と、アスカが慌ててフォローする。



 「でも残念です。鈴原さんがいないのは」

 「――――――そうね。三馬鹿が揃わないのは、少し寂しいわよね」



 ヒカリは懐かしむように、そう呟く。

 以前はトウジがいなくなったのはシンジのせいだと頑なに考えていたのだが、今ではその様子も見られない。しばらく会っていなかったアスカは彼女に何かあったのだと予想を立てた。

 恐らく過去の棘を抜いてくれる存在が――――――彼氏でも出来たのだろう。



 「ヒカリって付き合っている人いるの?」



 事情を知るアスカはあえて聞いてみる。



 「ええ。三年生の人なんだけどね」



 嬉しそうに彼は料理が上手いとかそれなのに猫舌なんだよね、とヒカリは話す。その様子にアスカは笑いながら受け答えていた。

 ヒカリは真面目で一途なので、鈴原トウジという思い出に囚われ続けていたのを心配していたのだ。同姓のアスカがいくら励ましたところでトウジが帰ってくる訳でもない。過去を乗り越えるにはその過去が再び戻ってくるか、新しい出会いをするかの二つしかないのだ。

 アスカ達が転入してくる数週間前に、ヒカリはその新しい出会いを経験していた。

 故にシンジに対する引っ掛かりが消えたらしい。“鈴原トウジ”に対して整理をつけて、中学の思い出とすることが出来た。トラウマになりかけていたので心配していたアスカだが、幸せそうな友人の顔を見てほっと胸をおろした。



 「碇くんとアスカって付き合ってるの?」

 「そうですけど?」



 さも当たり前のように答えたシンジに、教室が再び絶叫に包まれた。
















 「隣の教室、盛り上がってるな」

 「ああ」

 「確か明日は休日だ」

 「ああ」

 「どっか遊びに行こうか」

 「ああ」

 「男だけって、虚しいよな」

 「言うな」
















 いろいろあったが、碇シンジの転入初日は問題なく終わった。

 休み時間に告白されたり喧嘩をふっかけられたり拉致されかけたり。どこかで見たような眼鏡の人(相田ケンスケ)に気安く声をかけられたのでラリアットをかましたり。

 暇つぶしを目的に高校に通うことにしたシンジには満足できる内容だった。

 下校時、ヒカリを含む三人で途中まで歩き、交差点で彼女と別れる。赤木邸に住む二人は、当然だが帰路も同じである。三人のときと打って変わってアスカが無言になったので居心地が悪い。

 しかしながら場を和ませるような話術スキルを碇シンジが持つはずもなく、彼らは淡々と歩を進める。前を歩くシンジをチラチラと盗み見る。彼は普段のまま、口元に微笑を浮かべている。時折近づいてくる女を威嚇しながらアスカは考え込んでいた。

 中央高校から赤木邸は大して離れた距離ではない。寄り道をしなければ十分もかからないだろう。

 正面に大きな三角屋根が見えてきた頃、アスカは意を決して話かける。



 「し「よう、お二人さん」



 声を遮るように、長身の男性が立ちはだかった。

 無精髭が凛々しい渋男、加持リョウジである。

 昼間の発言の真意を問いただそうとしていたアスカは突然の乱入者に呆気に取られてしまった。ここ最近、加持は何かの任務があるらしく本部では姿を見なかったのに、ひょっこりと彼は現れたのだ。

 まるで狙い済ましたかのように。

 偶然にしては出来すぎているとアスカは表情を硬くする。ただでさえ加持はゲンドウ子飼いの諜報員なのだ。ゲンドウが息子であるシンジを快く思っていない、むしろ邪魔に思っているのは嫌にでも分かる。



 「あら、加持さん。こんなところでお仕事ですか?」



 何をされるかわかったもんじゃない。加持の一動一動に警戒しながら歩み出る。



 「いや、今日はオフだ。家に居ても暇だからな。外をブラブラしてたら君達を見つけた訳だ」

 「・・・・そうなんですか」

 「ここであったのも何かの縁だ。久しぶりに喫茶でお茶しないか? シンジ君」



 どうやら加持とシンジは以前にもこういうことがあったのだろう。シンジは快く「そうですね」と答えた。
















 「ぷはー。やっぱ仕事の合間にはえびちゅよねー」

 「・・・・ミサト。そういうことばかりしてるから、『無能』とか『牛』とか『ビア樽』って言われるのよ?」

 「だ、誰よ!? あたしに喧嘩売ってんの!?」

 「いや、私じゃないわよ」



 NERVの食堂には一箇所だけ職員達が座らない所がある。理由は当然、ミサトやリツコのような幹部達が定位置として座るからである。曲がりなりにも彼女達はNERVのトップを占めているからして、その席に座るのは喧嘩を吹っかけるのと同義なのだ。

 総司令があのゲンドウなのでNERVは上下関係が結構厳しい。唯一の例外はユイやアスカだ。

 

 「・・・・しょうがないじゃない。酒でも飲まなきゃやってらんないわよ・・・・」



 “第弐号事件”以来、前にも増してシンジとミサトの溝は広がった。確かにシンジが言ったのは正論であったのだが、如何せん状況が状況だった。ミサトに同情こそすれ、シンジに反感を持った職員も多い。

 だが当のミサトは意外にも反省しているようであった。

 今はNERVに身を置くものとはいえ、元々彼女は戦略自衛隊の出身だ。戦闘時の判断は兵士の命を左右するものだと分かっている。

 作戦の立案は光るものがあるし、実戦等もかなりの成績を残す。親の七光りがないとは言えないものの、彼女の実力は並みの兵士を凌駕しているのだ。

 だが欠点として、流されやすく感情的になりやすい。

 指揮官としては、致命的な欠点である。



 「そりゃーあたしだって悪かったと思うわよ? でもあの言い方はないじゃない。まるであたしが苦しむ姿を面白がってたみたい」



 実際のところ、その通りなのだが。などとリツコは言えるはずもなく、黙って苦笑いをする。



 「もしかして嫌われてるのかな・・・・あたし」

 「何言ってるのよ、今更じゃないの。そもそもミサトは彼の上官だったんでしょ? 嫌われるのは当然のことよ」



 実戦で部下に死ねと命令する上官は訓練でも死ぬほど部下に特訓させる。むしろ慕われるのは珍しいだろう。

 上官が甘ければ部隊の統率が乱れてしまう。部下の生存率を上げるためにあえて厳しくあたる。戦場に限ったことではない、社会でも上に行けば行くほど憎まれ役を買わなければならないときもある。

 それを許容するか、良い関係を続けながら部下を育てるのか。選ぶのは人しだいだが、後者を選べば並大抵の力量では実現できないだろう。

 それこそ歩くだけで人を惹きつけるカリスマ性がなければ。



 「・・・・それでも、家族だったのよ? たった一年間だけだとしても」



 どんどんテンションが下がるミサトに、リツコはため息を吐きながら言う。



 「でも壊れたんでしょ? 三年前に」



 そうね、とミサトは項垂れた。
















 二人に向かい合う形で加持は座る。

 幸いなことに喫茶「るんな」は空き時のようであった。

 ゲンドウが与えた命令は「碇シンジと惣流・アスカ・ラングレー交際の手引き」だった。この歳になって恋のキューピッド役を買うとは思ってもいなかっただろう。

 アスカとくっ付けることによってユイに安心させ、その間にイチャつこうとでも考えているのだろうか。第一候補であった霧島マナとは最近ご無沙汰なので、急遽アスカに乗り換えたのだった。


 
 (・・・・まったく。難儀な仕事だな)



 見たところ自分が何もしなくても付き合うのは時間の問題だろう、と加持は思う。下手に手を出せば逆効果だ。



 「ご注文は?」

 

 伝票を片手にウエイトレスがやって来た。加持はいつも通りコーヒー、シンジはハンバーグセットを頼み、アスカは何が美味しいのかとシンジに聞いた上で同じものを頼んだ。



 (結構、仲良いじゃないか。こりゃ、本当に何もすることないかもな)



 以前は加持さん加持さんと慕ってくれたアスカがこうなるのは少し寂しい気もする。加持は娘を嫁に出す父親の気持ちがなんとなく分かった。

 







 注文した品が運ばれてくると、二人は早速食べ始める。



 「結構美味しいじゃないの」

 「でしょ? 喫茶店のレベルじゃないよ」



 隠れた名店と名高い「るんな」は、店主がコックとオーナーを掛け持ちしているらしい。夫婦で喫茶店を経営し、ここまで続けてきたのだ。夫は料理を、妻は飲み物とデザート関係を。

 こうしたサードインパクトを生き抜いた、小さな名店は今では少なくなっていた。



 「でもシンジの作ったやつの方がまだ上かな」



 おや、と加持は首を傾げた。知る限り彼女が素直にシンジを褒めたのは数えるくらいしかないはずだ。それなのに今ではごく普通に口から言葉が出ているではないか。

 付き合うのも時間の問題、というよりは、すでに付き合っていると言われたほうが納得出来る。

 もぐもぐと箸を進めるアスカにシンジは苦笑する。



 「でもさ、どうも自分で作った料理ってあんまり美味しくないんだよね。気持ち的な問題だろうけど」

 「そうなの?」

 「うん。その点、ここのハンバーグは最高だね。ファミレスみたいに量産的なものじゃなくて、手作りだって一発で分かるし」


 
 一切れを口に入れてゆっくりと味わう。



 「本当に人が丹精込めて作ったものっていうのは、量産品と全然違うんだ。食べ物にしろ絵画とか芸術品にしろ、ね。

  お金目的で作り上げれば豪勢な雰囲気に仕上がって、機能性のみを追及すれば自然と質素な雰囲気になる。心を込めればモノにもそれは伝わる。

  それに、サードインパクト後である今はまさにその最高潮なんだ」

 「・・・・どういうことだい?」



 興味を持った加持がシンジに聞くが、これでオシマイと話題を打ち切った。








 ちょうどハンバーグセットを頼んだ二人が同時に食べ終わる。なんだかんだ文句を言いながら食べていたアスカもきちんと完食していた。

 そろ頃合かな、と加持は気が進まないが仕事をすることにした。



 「突然でアレなんだが、二人は付き合ってるのか?」



 水を飲んでいたアスカが噴出しかける。もう少しで(加持が)大惨事になるところであった。

 アスカにしても、帰り道から気になって仕方がなかった話題をいきなり振られたのだ。焦るのも仕方がない。

 二人はリンクしているとはいえ、完全に意思疎通が出来る訳でもない。故にシンジに直接聞くしかないのだ。だが「ねえ、アタシ達って付き合ってるの?」と馬鹿正直に聞くのもなんだかおかしい気がする。

 さっきは邪魔された人間に先を急かされたのは微妙なところである。



 「ど、どうなの・・・・かな?」



 上目遣いでシンジを見る。世の男性の大半はキター、と叫ぶであろうその視線を見返しながら、シンジはにっこりと笑う。



 「付き合ってませんよ?」



 ビキリ、と店内の体感温度がいきなり10℃近く下がった気がした。








 「つまりシンジ君は虫除けのために嘘をついた、と」



 加持は額から流れる汗を拭きながら聞く。体感的に寒さを感じて鳥肌まで立っているというのに、全身からはとめどなく嫌な汗が流れてくる。

 数々の修羅場(主に女性関係)を生き抜いてきた歴戦の勇者である彼をもってしても、先程から黙りこくっている制服姿の少女、惣流・アスカ・ラングレーの重圧は耐えがたいものであった。半径5m以内の客は何時の間にか姿を消している。

 その中で平然としているのは話題になっているその人、碇シンジとカップを並べている店主ぐらいである。

 数々の修羅場(主に諜報関係)を生き抜いてきた加持をも上回る精神力を持つ人間が一般にそうそういるはずもない。化け物じみた二人に毒づく暇もなく、加持は自分の命のために場を和ませようと努力を続ける。



 「そうです。これで明日からは静かになるでしょうし」



 重圧に耐えているのか、それとも単に感じていないのかはシンジの表情を見るかぎりわからない。



 「・・・・だがアスカに確認も取らなかったのはマズいんじゃないのか?」

 「あー、そうですね・・・・」



 ちら、とアスカの顔を盗み見るシンジはここにきて初めて異変に気づいたようだ。俯いたまま黙りこくっているアスカは見るからに尋常ではない。というより怒っているようにも泣いているようにも見えて、対処の仕方がわからないのだ。

 声を出して泣き出してくれればまだマシなのだが、無言はさらに恐ろしい。

 それによく見ると、テーブルに置かれたコーヒーに波紋が広がっているではないか。カタカタと耳を澄まさないと聞こえないような小さな音も聞こえる。

 シンジは胸に湧き上がってくる喪失感を感じて顔を青くした。



 「あのー、アスカさん?」



 本能的に危機感を感じたのか、自動的に敬語になってしまった。

 マズいよこれは。綾波のアパートで押し倒しちゃったときよりヤバいよ。もしかして修羅場?

 ・・・・本当に今更なのだが。



 「別にっ」



 沈黙を保っていたアスカが顔を勢いよく上げる。


 
 「別に・・・・ぐすっ・・・・気にしてっ、ないからっ」

 

 そんな泣き顔で気にするなと言われても無理な話だろう。

 アスカの泣き顔に気圧され、シンジは加持に助けを求める。



 「・・・・」



 どうやらダンマリを決め込むらしい。シンジは事実上孤立した。

 経験豊富なプレイボーイなら肩を抱きしめて慰めるところだが、シンジにそれを求めるのは期待外れだろう。アスカも十分承知している。しかし心と体は別に反応するので、涙は次から次へと流れ出してくる。



 「あれ・・・・止まんない・・・・ぐすっ、な、なんで・・・・よ」



 懸命に目元を擦る姿は見ていて痛々しいことこの上ない。加持は動きそうになる体を必死に押し留めた。

 ここで自分が動いてしまっては駄目なのだ。決して女慣れしていないシンジでも、今何をすべきかくらい分かるはずだ。

 困ったように目線を泳がせていたシンジはため息を一つつくと姿勢を正した。



 「アスカ」



 そうだ、いけっ。加持は内心で必死にエールを送る。



 「えぐ・・・・な、何よ」

 「あー、昼間のことは謝るよ。考えなしに行動してアスカに迷惑かけた。うん、僕みたいな男と付き合ってるなんて噂が流れたら嫌だよね、アスカも」



 そうきたかー! と、加持は否妻をバックに雄叫びを上げる。もちろん、想像上で。

 シンジの発言に「ちょ、ちが」と今度はアスカが焦る。自嘲気味にシンジは「いや、自分でも良い性格してるとは思わないからさ」

 つまるところシンジとアスカの認識にズレが出来てしまっているのだ。アスカは付き合っていると聞いて有頂天になってしまった自分を自己嫌悪して、シンジは彼女が落ち込んでいるのは、勝手に付き合っていることにしてしまった自分のせいだと思っている。

 見事に食い違ったボタンに加持は苦笑しつつ、「若いって良いよな・・・・」と若き日の己の姿を思い浮かべた。



 「それは違うな、シンジ君。きっとアスカは嬉しかったんだと思うぞ、君が付き合ってる、って言ってくれて」

 「・・・・そうなの?」



 キョトン、とアスカの方を見る。



 「・・・・」



 俯いているが否定はしない。それは肯定と捉えてもいいのだろう。



 「そっか・・・・じゃあさ、本当に付き合ってみる?」

 「――――――え?」

 「ああいや、アスカが構わないなら、だけど」

 

 恐らくアスカの頭の中では漢字と数字と平仮名とドイツ語が入り混じっての大乱闘となっているに違いない。リンクされているシンジにも訳のわからない言語らしきものが途切れ途切れ伝わってきた。

 それは嬉しさであったり戸惑いであったり。

 本当に負の感情がないのにはシンジは首を傾げた。



 「も、もちろん嫌じゃないわ!」

 「けど普通の恋人らしくできないと思うけど構わないの? アスカも見たんだろう? アレ」



 遠まわしにサードインパクトの記憶を言う。確かにあれの半分を“経験”してしまったからシンジとリンクされたのだし、以降、彼が普通でなくなったのも分かっている。

 喜ぶことも楽しむことも、人並みの娯楽では感動もしない。もしも強烈に印象を受けたとして、破れた風船には空気を溜めることも適わない。

 言い換えれば、アスカに情欲を感じたとしても、すぐに萎えてしまうのだ。そうなれば性行為など出来やしない。アスカが一方的に感じていただけでは愛し合っているとは言えないだろう。

 それでも。



 「――――――それでも、アタシが好きなんだから仕方ないじゃない」



 すでにこの身はシンジの半身なのだ。受け入れるのは当たり前で、拒むなど論外だ。

 シンジの胸に喜びの感情が流れてくる。もちろん、すぐにそれは流れていってしまうのだが、僅かな間でも暖かいことにかわりはなかった。

 加持はどうやら上手くいったようなのでほっと胸を下ろす。ゲンドウからの命令もきちんとこなせた訳だ。個人的にも他人じゃない二人が上手くいくのは見ていて微笑ましい。

 ・・・・妻の方はギクシャクしているようなのだが。



 「そう、か。ま、全ては流れのままに、ね」



 ニコニコ顔のアスカを尻目に。

 日々、目まぐるしく移り変わる日常に満足しながら、シンジは呟いた。










 ■ 第十五幕 「アスカのエンドレスサマー」に続く ■