神造世界_心像世界 第十二幕 「伝説のOut Of Place ArtifactsU」













 一瞬、風切り音が聞こえた気がした。

 ドウン、とまた一機が部品を撒き散らしながら鉄くずへと還元された。鮮血の様な赤い目はそれを見届けると、次の一機に目を向ける。

 彼にしてみれば、それは人間が飲食店で目当てのものを注文をするのと大差はなかった。

 さて、どれにしようか。

 う〜ん。

 ああ、これでいいか。



 「う、うわああああああああああああああああああ!!!!」



 いくら音速で飛べるとしても人間と機体に限界がある。急速な方向転換は愚の骨頂。戦闘機は急に止まれない。

 そして爆発。

 搭乗者を巻き込んでVTOLは消し飛んだ。

 ここに歴戦のエースパイロットが居たとして、辿る結末に大して変わりはあるまい。

 大蛇の打突に比べたら、迫るミサイルの十発や二十発なんて馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

 大蛇相手に火炎弾フレア金属片チャフが効く訳でもなし、ただの眼くらまし程度にも真価は発揮されることはなかった。

 まるで蝿を叩き落す様に、大蛇はうざったそうに相手をしている。

 まず比較にならない体格の差。

 機銃など豆鉄砲以下であった。

 故に、そこに居合わせた誰もがこう思ったのだ。



 ――――――ああ、死んだかな、と。















 「化け物め!」



 叫ぶ上司を尻目に、彼の部下は「何を今更・・・・」と内心毒づいた。

 この上司は『ゴヅラ』を筆頭に怪獣映画を見たことがないのだろうか。

 あれを見れば分かるだろう。自衛隊や防衛軍は怪獣同士の対決前に行われる前座みたいなものだ。

 雄叫び勇んで特攻をかまし、安っぽい作りのミニチュア戦車が吹き飛ばされてそれでオシマイ。進行どころか歩みの速度さえ変えられずに負けるヤラレ役。

 仮面フンダーで言うところのツョッカー。

 北斗辛拳で言うところの『あべしっ!?』『ひでぶっ』とか言う人だ。



 「機動隊は何をしている!? 弾幕が薄いぞ!!」



 人が持ち運ぶ対戦車ミサイルでは歯が立たない。同じく戦車の砲弾も衝撃しか相手に伝えるものはないようだ。

 確かに人間相手には十分すぎる戦力。

 しかし、如何せん相手が悪かった。

 歩兵を進ませれば、それこそ蟻の様にプチプチと潰され。

 戦車はペーパークラフトの出来損ないかと思えるほど呆気なく吹き飛ばされた。

 すでに戦力の3分の1が意味のない死を迎えてしまっているのだ。指揮官である彼が癇癪を起こしたくもなるだろう。

 

 「っく、N2地雷の準備はまだか!?」

 「あと三分ほどお待ちください」



 地図書き換えるの面倒なんだよなあ、とか思いつつも、自分が書き直す訳でもないので達観している副官。ある意味大物であった。



 「ふん。いくら化け物と言えど、N2には耐えられまい」

 「あ、なんか既視感デジャビュが」

 「何か言ったか?」

 「いえ何も」



 戦自が保有する兵器で一番強力なものはN2兵器である。

 地図の書き換えを気にしなければ、クリーンで強力なN2はまさに核の代用品と言えるだろう。

 だがこの指揮官は知っているのだろうか――――――過去の使徒戦役では、N2が足止め程度にしか活躍していない事を。

 そうしている間にもVTOLが着実に数を減らし続けている。

 あれ一機なんぼすると思ってるんだ、と税金で食っている彼らは性懲りもなく思ってみたりした。



 「N2の準備かんりょーしましたー」



 やけにやる気のない副官の声が辺りに響いた。















 「!?」



 NERV発令所のモニターがホワイトアウトする。それに伴い音声が強制的にカットされた。



 「N2兵器!?」



 まさか市街地が眼と鼻の先にあるこの場所で使うとは。ミサトを含めた職員達は呆然と白一色のモニターを見詰めた。

 リツコは「へえ」と半ば感心し、シンジとアスカは無言であった。いつの間にやって来たのか、レイも紅い瞳を僅かに震わせた。

 市街地にギリギリ影響が及ばない距離。いや、下手をすれば巻き込まれたかもしれない、哀れな山菜収集に来ていたお婆さんがいるかもしれない。

 ホワイトアウトから数秒後、再び画面が立ち上がる。

 周囲の木々はあらかた吹き飛び、辺りはのっぺりとした平地に変わっていた。

 ただそこに蛇の丸焼きは存在せず、緑褐色の鱗が太陽光線を反射して鈍く光るだけ。

 変わった事があるとすれば――――――八本あった頭が五本に、尾が七本になっている事だろうか。



 「やったの!?」



 ミサトは飛び上がらんばかりに喜んだ。

 それもそうだろう。既存する最強兵器であるN2が有効だったのだ。既存する最強兵器=人類のチカラとなる訳だ。

 使徒戦ではATフィールドのおかげで門前払いであったが、OOパーツ戦では状況も違う。何よりATフィールドという絶対不可侵領域が存在しないのだ。

 故にN2が本来持っている“威力”を余すことなく叩きつけられた。

 地形を変える程の威力をまともに喰らった大蛇は、名を示す“八岐”ではなくなってしまった訳である。

 

 ――――――いける!



 N2が有効ならそれを使えば良い。一撃で首三本を吹き飛ばしたのだ。十発も使えば確実に殲滅出来るはず。

 ・・・・日本列島の半分を消し飛ばしても構わない、という馬鹿げた事を容認すればの話なのだが。

 NERV職員達は目に見えて喜んだ。

 戦自出身のミサトは“約束の刻”以来最低評価だった古巣の評価を少しだけ見直した。うん、ちょっち少しだけ。



 「・・・・」

 「・・・・」



 リツコがちらりと横に視線をずらすと、無表情のままのシンジとアスカがいた。

 シンジから大体のあらましは聞いているが、科学者の自分では納得しかねる状況であった。

 精神の相互感応リンク。会話が可能なテレパシー、と言ったところか。

 どういった経緯でそうなったのかは知らないが、あの“壱拾壱号事件”が関わっているのは安易に予想出来る。事件後に二人は精神が繋がってしまい、相手が考えている事や感情が僅かにだが分かってしまうらしい。

 

 (・・・・だとしたら影響受けまくりよね、アスカは)



 それが内心羨ましい。素直に嫉妬する自分の心を省みて、リツコは苦笑した。

 シンジもリツコも深く入り込む行為は好んでいない。故にシンジとは肉体関係には至ってはいなかった。

 しかし人肌が恋しいのもまた事実であった。

 衣を纏わず素肌で触れ合い、舐めあい、欲望を吐き出したい。

 三大欲求である性欲を求めるのは人間として当たり前の行動だ。しかし彼らの場合は少々特殊な経験をしている。

 リツコは過去にゲンドウからレイプを受けた事によって性行為に嫌悪感を感じるようになったし、シンジもアスカをオカズに自慰行為に走ったせいで同じ考えを持つに至った。

 性質が悪いことにそれは無意識下のものであって。

 身体と心は欲望を吐き出したいと願うのだが、ココロと体がそれに拒否を示す。

 抱きたい。

 抱きたい。

 欲望のままに体を貪りたい!

 不潔な。
 
 何を考えている不埒者が。

 よせ。

 ああ、美味そうな体が。

 ぶち込みたいのにアソコは萎える。

 

 ――――――ヤマアラシのジレンマよ。



 ――――――壊したいのにココロが萎える。



 「やりましたね、先輩!」

 「ええ」



 勝利を疑っていない後輩に、リツコは曖昧に答えた。



 (皆は分かっているのかしら。辺りにいた戦自隊員ごと吹き飛ばしたっていうのに)



 モニターでは阿鼻叫喚の絵を見ることはない。

 だが確かに数分前まであそこには人間がいたのだ。それも数百単位で。

 綺麗に死体ごと蒸発して、後には骨も残らない。

 しかも使徒のように学習能力を大蛇が持っていたとしたら、N2はそう何度も使えない状況に陥る。
 
 N2は元々“一撃必殺決戦兵器”として運用されるものだ。同じ地域で連続して使用すると、大陸そのものが破壊されてプレートに悪影響を与えかねない。当然、N2だって無限に蓄えてある訳ではない、という根本の問題だってあるのだ。(“約束の刻”以来、世界では同じ人類同士の戦争による“人類の滅亡”が危惧され、軍備は縮小される傾向にあった)

 

 「現場以外の士気を下げない、か。確かにお得な兵器ですね」

 「そうね。証拠隠滅には持って来いのクリーン兵器よ」



 クスクス、と彼は苦笑して同意した。

 傍らに立つアスカは満足そうに眼を細めている。シンジが笑っているのが嬉しいのだろう。その様子をレイは怪訝そうに眺めていた。

 













 
 消し去った幾多の命。

 犠牲のかいがあって大蛇にダメージを与え、人々は喜び勇む。

 だが忘れてはいないだろうか?

 幾多の命を忘れてはいないだろうか?

 まるでゴミの様に切り捨てた命を、人生を。

 彼らは、忘れてはいないのだろうか。















 「見たかね!! これが我々の力だよ!!」



 戦自発令所。

 醜い面構えをさらに歪ませて彼は言う。

 その声に辺りは高揚し、部下達の士気も格段に上がった。

 勝てる。

 勝てるぞ!
 
 我々でも化け物に勝てるのだ!

 次々にそれは伝染し、指揮官は満足げに鼻を鳴らした。

 彼らは忘れていた。

 否。

 最初から認識さえしていなかった。

 十人。

 百人。

 千人。

 数は書面で記されて。

 十二人死のうが百三十人怪我しようが関係ない。

 顔も見たことがない人間の生死など、彼らには関係ないのだ。















 閃光が貫く。

 蒸発してこの世から消える、ほんの数秒間。

 死にゆく彼らは絶叫し、涙した。

 痛い。

 痛いよお。

 苦しいよお。

 なんでこんな目に合わなければならないのだ。

 なんて理不尽。

 自分達は殺されるっていうのに、のうのうと生きているヤツがいるなんて信じられない。

 だったら代わりに死んでくれ。

 願いは適わず霧散して。

 後に残った黒い脈動。















 ――――――ドクン。















 確かに、自分達は命令には逆らえず、かといって逆らう気もなかった。

 だがなんだ! この仕打ちは!

 一体何様のつもりなのだ、貴様達は!

 代わりに死ね!

 俺達がこんなにも苦しい思いをしているっていうのに!

 平然としているムカツク豚ども。

 代わりに死ね!

 知らん顔で平和を謳歌する腑抜けた愚民共め!

 死ね!
 
 死ね!

 死んでくれ!

 













 ――――――ドクン。















 何が悪かったのか。

 愚かだったのか。

 そんなものわかるはずもなく。

 ただ悔しかった。

 苦しかった。

 泣きたいほど。

 たぶんヤツらは自分達の事など露ほども考えていないのだろう。

 悔しい。

 イライラする。

 ムカツク。

 反吐が出る。

 ぶっ殺してやりたいくらい。

 否。

 ぶっ殺したところで足りないくらいに。














 ――――――ドクン。
















 ――――――ドクン。
















 ――――――ドクン。
















 ―――――― ド ク ン 。






































 収束する。

 拡散する。

 霧散して再起動。

 チェック。

 浸透開始。

 存在理念律動。

 同化開始。

 チェック。

 チェック。

 チェック。

 

 ――――――さあ、報われない同士達よ。



 反旗を翻せ。

 切り捨てられた痛みを思い知らせろ。

 我々の痛みを苦しみを憎しみを。

 あの糞豚野郎に。

 思い知らせろ!!





































 
 ――――――ドクン。





































 「ギエエアアアアアあああああああああAAAあああああアアアアアアアアア!!!!」
 




































 「――――――堕天化」



 口元を吊り上げ、リツコはワラう。

 第二ラウンド開始。

 さて、愚かなる人類の諸君。

 人智を掻き集めたそのチカラ、存分に振るいたまえよ。

 心配はない。

 手加減する必要もない。

 血眼になってヤツを殺すことだけを考えろ。

 なにせ――――――。

 チカラを振るうべき相手は、“人類の敵”なのだから。

 











 ■ 「伝説のOut Of Place ArtifactsV」に続く ■