第三新東京市にOOパーツ第壱拾壱号“灰色の鬼”が現れ、殲滅されてから三日が過ぎた。
蟻の様に集まっていた記者達の姿も次第に少なくなってきている。TVでは未だに“鬼”に関して議題が飛び交っている中、NERVでは僅か数時間前に新たなOOパーツの出現が確認されていた。
あまりにも早い再来。
いや、OOパーツは単体として活動しているのなら、それは再来とは言えないのかもしれない。
リツコは仮説としてOOパーツに仲間意識はなく、それぞれが独自に動いているのではないか、と考えた。使徒の場合は数を重ねるごとに学習した節があるので、使徒同士は何らかの形で記憶の共有をしていたと推測される。
各国に現れたOOパーツには何かしら目的があるのではなく、ただ攻撃してきた人間を自衛目的で反撃に出た、と見えるものも幾つかあった。使徒のように黒き月を目指している訳でもない。彼らはただそこに在るだけなのだ。
先日の“灰色の鬼”はその例外的なものなのだろう。
人間側が先に攻撃したのか、それとも鬼の方が先だったのかは確認が取れないので謎のまま。生き残りであるシンジ達その他数名の話では、いつ、何処に現れたのかもわからないそうだ。
「・・・・今度は島根かね」
NERV司令室。
暗い大部屋の隅で、老人は疲れた声を出した。
ただでさえ第壱拾壱号事件の処理に忙しいというのに、立て続けにOOパーツが現れるとは思ってもいなかったのだろう。まだ三日しかたっていないのだ。
「・・・・戦自が動いているようです。我々は傍観に徹した方が得策かと」
「元よりそのつもりだよ。なるべくなら大きな行動は控えなければならないのだからな」
「三日前は膝元でしたからね・・・・アレだけの損害で済んだのは奇跡と言えるでしょう」
白衣を身に纏ったリツコは被害報告書を片手に言った。
現場である丸三デパートは事実上瓦礫と化したが、周囲の民家には被害は出なかったのが幸いだった。零号機を向かわせたのは得策だったと言えるだろう。
「そうだな。しかし赤木博士、いつまでも守りに徹する訳にもいくまい?」
「・・・・現れたものは全て撃退しています。今のところは、ですが」
「やつらが好き勝手に暴れ、被害を与えて消え去っていく。使徒の方がよっぽどマシだとは思わんかね?」
はあ、とリツコは曖昧に相槌を打った。
「目的が不明だという事がこれほどまでに恐ろしいとは思わなかったよ。いつ終わるかもわからない襲来。ビクビクと怯える事しか我々にはできん」
死海文書というカンニングペーパーがあったからこそ、以前は襲来スケジュールに沿った計画を立てられたのだ。
その後ろ盾がなくなった今、NERVはいつ終わるかもわからない戦いを迫られる。
故に資金は無駄に使えないし、ケチりすぎて装備が手薄になって大きな被害を被っては論外なのだ。
NERVのEVAは金食い虫。誰もが認める事実だけに懐は寒い。
「承知しています。それに、僅かですがOOパーツに関して分かった事・・・・いえ、推測できた事柄があります」
「推測、かね」
口を濁して言うとは彼女にしては珍しい。冬月と、未だに一言も発しないゲンドウは思った。
「なにぶん事実確認ができないので・・・・これは今までに現れた状況から推測したものですので、鵜呑みにはされないよう」
「うむ」
リツコはそれに満足したように頷くと、白衣のポケットから小さなリモコンを取り出した。ピ、という電子音と共に壁の一つにスクリーンが下りてくる。「おおっ、こんなハイテク機能が司令室にはあったのかね!」「・・・・ふ、ハイテクだ」「・・・・ご自分達の仕事場でしょう」
スクリーンに世界地図が現れる。
ピ。
さらに赤い点が上乗せされた。その数十一個。
「これは・・・・今までに現れたOOパーツの分布図かね」
「はい」
そして赤点の横に補足される現れたOOパーツの情報。
ちなみに赤点で示されたものは全て規格内のものである。当然、第三新東京市には二つの赤い点が点滅を繰り返していた。第壱号“ヌル助”及び、第壱拾壱号“灰色の鬼”である。
「・・・・む」
「お気づきになられましたか?」
珍しくゲンドウが気づいたようだ。冬月も意外そうな顔をしている。見ようによっては、かなり失礼な事なのだが。
「現れたものはその土地特有の神話、伝承に基づいているようだな」
「その通りです。一番分かりやすいのはエジプトの第陸号“アヌビス”ですね。エジプト特有で有名ですから」
「いつになく頭が切れるな、碇」
「ふ、問題ない」
「「・・・・」」
沈黙する二人。
「昨日、TVでやっていたのだ」
「そして次に――――――」
普通に無視されて落ち込むゲンドウ。
「これが重要なのですが、先日の鬼にも見られた現象――――――色彩の変化です」
「「?」」
「全てのOOパーツに共通する事項として、発現当時の姿は色素が薄いのが分かっています」
鬼は灰色、アヌビスの初期も同様です、とリツコは付け加えた。
「それが時間の経過と共に漆黒へと変化しています。そして鬼を目にしたサードチルドレンの話では、灰色にも変化したそうです」
「元に戻った、という事か。だが何故だ? 時間の経過で変化するのか、或いは周囲の状況なのか」
「彼は最後にこう言っていました。『まるで血を吸ったようだった』と」
「・・・・」
血を吸って黒く変色する化け物。使徒は異形だったが人を喰らう事はなかった。だが今度はそうではないらしい。
まさか自分が捕食される側になるとは思ってもいないだろう、今の人間達は。
「ですが、それはあくまで例え話です。恐らくOOパーツは・・・・周囲の感情に影響されるのだと推測されます」
「ほう」
「イメージ的なものから、黒は禁忌された邪悪なものを沸騰させます。悪魔、妖怪、果てには犯罪。黒はそういった“正”である白と反対の属性を持ちます」
「・・・・話が急にオカルトじみてきたな。確かに黒は夜の色だし、陰陽道でもまた然り。だがそれと関係があるのかね?」
「黒に変色する――――――そうですね、便宜上“堕天化”としましょう。堕天化の大きな特徴として能力の向上が考えられます。
つまり堕ちると同時に能力が飛躍的に向上するのです。まるで悪魔に魅入られたように」
「不気味だな」
「白が全てを包み込む“護り”の象徴だとしたら、黒は全てを傷つける“殺し”の象徴になるでしょう。
黒くなるのが堕天化。破壊と殺戮の象徴。そしてそれは周囲の感情によって引き起こされるのだとしたら。言わずもかな、それは」
「負の感情によって、か」
リツコは無言で頷く。
“灰色の鬼”が堕天化したのはまず間違いないだろう。そして今までの戦闘記録を見てみてもそれは確認されている。
堕天化直後に能力向上。その姿はまさに悪鬼の如く。
「現場を満たす恐怖、失望、憎しみ。それらの感情が浸透し、堕天化を誘発させる」
「殺してくださいと自ら煽っているようなものだな、それは」
「以上の事柄を踏まえての考察。今まで無関係だと思われていたOOパーツとATフィールドの関係。やはりこの二つは密接に関わっているようです」
人の誰もが持っている心の壁――――――ATフィールド。
使徒はこの壁を様々に使いこなし、NERVを陥落させようとしてきた。パイル、光の鞭などの攻撃手段、そして純粋に壁として。
現代兵器ではATフィールドを打ち破るのは非常に困難である。そのためのエヴァンゲリオンなのだ。心の壁を中和し、無効化する。同じ使徒としてEVAは同胞を殺してきた。
「だが今までの戦闘を見てきたが、それらしきものはなかったぞ?」
うんうん、とゲンドウも相槌を打つ。
「はい。攻撃手段や防御手段として使われている訳ではありません。彼らはわたし達、ヒト種のATフィールドの使い方と酷似しているのです」
「・・・・それは、」
「彼らは自分達を存在させるためにATフィールドを使っています。故に感情に左右されやすく、不安定なのです」
「OOパーツは自ら堕天化しているのではなく、人に汚染されて堕ちている・・・・?」
彼らに知性があるかはわかりませんがね、とリツコは付け加えた。
「人と人を隔てるATフィールド。しかし彼らはきっと、現実と、伝説を隔てる壁として使用しているのでしょう――――――」
白い部屋。
碇シンジの自室に負けず劣らず、その部屋は白色で統一されていた。だがそれは清潔さを意図されたものであり、決して部屋の持ち主の趣味に走ったものではない。そもそもこの部屋の持ち主はここに住まないだろう。なにせ病室なのだから。
市立中央病院の一室。霧島マナは沈痛な表情を浮かべていた。
目の前のベッドには包帯だらけになった色黒の青年が横たわっている。あちこちを骨折しているものの、彼は生きていた。
だが彼――――――ムサシ・リー・ストラスバーグに笑みはない。怪我をして喜ぶ馬鹿はいないだろうが、あの惨劇を生き延びたのだ。もう少し喜んでもいいだろう。
丸三デパートを襲った悪夢に彼は居合わせてしまった。正確に言えば、彼ら、は。
ムサシ・リー・ストラスバーグと浅利ケイタはサードチルドレンの監視のために丸三デパートを訪れていた。そして運悪く“灰色の鬼”に出くわしてしまったのだ。
「ううっ」
今でも思い出す。
周囲の人間に押し倒され、足を挫いたケイタ。
彼は怪我のせいで満足に動くことができなくなってしまった。そこに、刻々と近づいてくる“死鬼”。
「俺・・・・は」
恐かった。
死にたくなかった。
いくら訓練を受けているとはいえ、それは人間が相手の場合だ。“死”そのものと戦う術など、世界中の何処を探してもないだろう。その上、彼の武装は小型拳銃一丁とナイフが一振り。敵うはずがなかった。
だから。
だから、彼は逃げ出した。
助けを叫ぶケイタを置いて、逃げ出したのだ。
ムサシの戦士としての直感。
鬼は確実にこちらへ向かう。次の標的は“この場所”だと気づいてしまったからだ。
彼の判断は一兵士としては正しいものであった。しかしそう割り切れるものでもない。ましてや親友がその切り捨てる対象であっては。
駆け出す。
耳を塞いで駆け出す。
誰かが、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて。
何も聞こえない。
聞こえたくない。
そして、衝撃。
ムサシが駆け出したその直後に、鬼は彼の居た場所を叩き割っていた。
衝撃で吹き飛ばされ、ボールのようにムサシは転がった。その際に瓦礫に何度も殴打し、打撲と切り傷を作っていた。
全身の痛みを堪えて、彼は顔を上げる。
身体は動かない。どうやら身体の何箇所を骨折してしまったようだ。
だが、彼は最後の力を振り絞って顔を上げた。
そこには、浅利ケイタと呼ばれていた、肉の塊が散乱していた。
「ううっ」
「ムサシ・・・・」
言えない。
ケイタを見捨てたなど、マナに言える訳がなかった。
彼女は、ムサシが友人の死を嘆いていると思っている。少なからず当たってはいる。
だが。
「ムサシ・・・・元気だして、とは言わない。でも生き残った事に感謝しなきゃ。きっとケイタが助けてくれたんだ。きっとそうだよ」
ケイタの想いが、ムサシを救ったんだよ? だから、ケイタのぶんまでムサシは生きなきゃ。
その言葉が、ムサシを余計に苦しめる。
耳に染み付いた声。
助けて。
助けて。
助けて。
助けて。
人殺シ!
「う、あ・・・・」
眠ってしまえば、グチャグチャになったケイタが笑っている夢を見る。
どうしたの、ムサシ?
ひどいなあ、君のせいでこうなっちゃったんだよ?
あの時、君が助けてくれなかったから。
何度も助けてって、言ったのに。
僕らは親友だったのに。
・・・・この、人殺し。
「ごめん、ケイ、タ」
「・・・・」
マナが泣いている。
きっと哀れんでくれているのだろう。
だけどそれは“奇跡的に助かったムサシ”に対してのものだ。
“ケイタを見捨てたムサシ”にはそんな権利はない。
責められるのが当たり前で、哀れんでもらう権利はない。
「・・・・、あ、あ」
どうしてこんな事になってしまったのだろう、とムサシは思う。
あの化け物が悪いのか、こんな任務に乗った自分達が悪いのか。
それとも。
(サード、チルドレン・・・・ッ!!)
そうだ。
あいつさえいなければ、こんな事にはならなかった!
あいつさえいなければ、あの場所に居合わせる事もなかった!
あいつさえいなければ、ケイタが死ぬ事もなかった!
そうだ。
そうだよ。
あいつが、全部、悪いんだ。
(碇、シンジィ・・・・!!!)
俺は悪くない。
悪いのはあいつ、碇シンジだ。
ケイタが死んだのはあいつのせいだ。
俺が怪我をしたのもあいつのせいだ。
マナを泣かせたのもあいつのせいだ。
(ぶっ殺してやる・・・・ぶっ殺してやる!!)
これは敵討ちだ。
あいつに殺されたケイタの無念を晴らすべく、俺が手を下す。
そしてマナも守る。
あいつは危険だ。
ケイタのように殺されてしまうかもしれない。
だから。
だから俺が守らないと。
マナにはもう俺しかいない。
俺も、もうマナしかいない。
たった二人なんだ。
何が何でも生き延びてみせる。
(碇シンジ・・・・!)
彼は自分が罪の意識から逃れるために、他人にそれを押し付けた。
それは仕方がないこと。
だけど、愚かなこと。
彼は信じて疑わない。
全ての元凶は、碇シンジなのだと。
もし、碇シンジを殺し、彼の復讐が適った時。
きっと彼は間違いに気づくのだろう。
だがそれでは遅すぎるのだ。
全てが終わってしまえば、彼自身も終わってしまう。
きっと。
彼は憎む。
そうしないと押し潰されそうになるからだ。
マナの顔が見られないからだ。
憎む。
憎む。
生きていくために、憎む。
憎悪は激しく燃え盛り、全てを巻き込んで焼き尽くす。
憎しみで心を燃焼させ、細胞一つ一つを動かし続ける。
憎まないと、押し潰されそうだから。
憎まないと、涙が流れそうになるから。
憎まないと、惨めで死にたくなってしまうから。
だから、彼は碇シンジを憎むことにした。
それはある意味、最も生きていく活力を与えてくれる源なのかもしれない。
「状況は?」
凛とした声が発令所に響いた。
葛城ミサトは鋭い眼差しでモニターを睨む。そこに普段のお茶らけた雰囲気の彼女はいなかった。
「島根に未確認生物の発現を確認。情報網が混乱しているため、現地の映像は戦自頼みとなっています。その戦自ですが、すでに動き出しているようです」
第壱拾壱号出現から三日。早すぎる襲来だった。
第三に現れなかったのが幸い、と喜ぶべきか。今、この地には報道陣が大挙して訪れている。再びOOパーツが現れたとなっては、かなりのパニックになっていただろう。
日本に第壱拾壱号が現れたことによって、政府は非常事態宣言を発令した。それと同時に国連軍にも要員の派遣を要請をしたのだ。
戦自は軍備縮小によって十分な戦力を有しているとは言い難い状態になっている。非戦争国家である日本としては当たり前のようだが、近年は人間の戦争以外にも武力が必要になってきているのだ。
それが今の世界情勢。
殺らなければ、殺される。
誰だって死にたくはない。だから自分の身は自分で守るしかない。
目には目を。歯には歯を。
銃には、銃を。
「今回もこっちは傍観、か。NERVに借りを作るのは願い下げのようね」
「前回の教訓を踏まえて大部隊が動かされたようです。航空部隊だけでかなりの規模になると予測されます」
「EVAならATフィールドの一撃で終わるってーのに。税金の無駄遣いだわ」
「今までとは違うわよ、ミサト」
白衣を翻してリツコが姿を現した。その後ろにアスカ、シンジと続けて入ってくる。
民間人であるシンジが姿を現したことに、職員達は訝しげに眉をひそめた。
「部外者は立ち入り禁止のはずよ?」
「彼は協力者です。それに許可は取ってあるわ」
「・・・・なら、構わないわ」
全然納得していません、とその表情が物語った。
「シンジ君は第壱拾壱号事件の生き残りよ。アドバイザーとしてはこれ以上の人材はないと思うけど?」
「邪魔はしませんよ。見学者だと思ってくださって結構です、葛城二佐」
ここまで言われて「出てけこのバキャろーめー」と言えるのはミサトぐらいしかいないだろう・・・・ん?
「だから構わないって言ってるでしょう。それよりリツコ、今までと違うってどういう事よ」
「・・・・すぐに分かるわ」
憮然と、リツコは顔を顰めた。
「なんだ、あれは・・・・」
戦自航空部隊の先行としてやってきた男は眼下に見える異形を目にし、絶句した。
全長は数百メートルはあろうか。
八つの谷と、八つの峰にまたがるとされたその巨体は、文字通り巨大すぎた。
その目は血の様に真っ赤でパイロット達の寒気を誘う。背中にはあろうことか、木や苔が生えていた。
すでに生物としての枠組みから外れている、竜種の流れを組む生物兵器――――――。
「馬鹿、な・・・・・」
一瞬、
「ぐぎゃ」
という声が、彼には聞こえたような気がした。
だが次の瞬間にはVTOLごと彼は爆散し、その生涯に幕を下ろしたのだった。
発令所は静まり返っていた。
戦自とNERV発令所の映像はリンクしている。彼らも同じように絶句していることだろう。
映像はすぐに砂嵐へと変わってしまう。偵察機が堕とされたのだ。
「・・・・なに、あの化け物は」
ドイツ生まれのアスカが知らないのも無理はない。あれは日本神話に登場するものなのだから。
「八つの頭、八本の尾・・・・十中八九、八岐大蛇でしょうね。規格外OOパーツ第弐号に認定。ついに、来たわね」
シンジにはリツコが心なしか笑っているように見えた。事実、彼女の心中では非科学的な生物に対する興味がドクドクと脈打っている。
あの巨大な首を音速で動かす筋肉、鉄より硬い鱗。まさに人知を超えた存在だ。
十五機あった先行隊は数十秒で撃墜されてしまった。頭は八つあるのだ。八つがそれぞれに独自の思考を持ち、それぞれが攻撃を仕掛けてくる。しかも音速に近い打突だ。戦闘機が耐え切れる訳がなかった。
「まずいわ! このまま行けば、数十分もたたずに市街地に到達する!」
ミサトは手元にある地図を握りつぶした。
大蛇が街を攻撃したら、それこそ怪獣映画さながらの事態になってしまう。逃げまとう人々、暴れる大蛇。生憎、対抗怪獣のゴヅラは存在しない。
現場の戦自が壊滅したら終わりなのだ。
だが発令所にいる誰もが信じて疑わなかった。
戦自では、いや、人類ではアレには敵うはずがない、と
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
頭では敵わないと分かりきっている。
だが。
勝たなければ、死ぬ。
「核を、使うしかないの・・・・?」
アスカは自分で言ってみて、あまりの馬鹿らしさに笑い出しそうになった。
街中で核を使うなど、住民を虐殺する事と大差はない。島根はおろか、その周囲の県にまで放射能の光は及ぶ。あの巨体を撃つのだ。並大抵の戦術核では歯が立たないだろう。
日本列島の形を崩す気であれば、どうにかなるのかもしれないが。
「自分達が生き残るために核を撃つ。皮肉なものよね、あれほど必要ないと叫んだ核が必要になるなんて」
「っ、だったらどうしようってのよ! N2じゃ確実に殲滅出来るかわからない! 使徒よりもよっぽど化け物なのよ、あれは!!」
何せ規模が違う。
ダン、とミサトは拳を打ちつけながら怒鳴る。だがリツコも同じ心境なのだ。あれを殲滅する手段など核以外に考えられない。リツコとしては核を使うことに躊躇はないのだが、周りはどうもそうはいかないようだ。
当たり前のように、核を使えばその地域に住む者達も死ぬ。
だが放っておけば。
彼らの上に自分達の死体も上乗せされるかもしれないのだ。
「ミサト」
「・・・・」
「葛城さん」
「・・・・」
「ミサト」
「・・・・」
現場の指揮官は葛城ミサト。
死ねと命じるのも葛城ミサト。
最終的な核の発射ボタンを押すのも葛城ミサト。
日本総理大臣と国際連合事務総長の認可が必要なのだが、最終的にボタンを押すのはミサトであった。
「出来る訳、ないじゃない」
「ミサト」
「無理よ! 絶対に嫌よ! 何人死ぬと思ってんの!」
「・・・・可笑しい話ですね」
「!」
ミサトが振り乱して絶叫する中、碇シンジは無表情に言い放った。
誰もが硬直する。あれは、なんだ、と。
高見のゲンドウもユイも冬月も。
錯乱しかけていたミサトでさえもシンジの視線だけで硬直させられてしまった。
「逃げちゃ駄目よ」
クスクスクス・・・・ああ、馬鹿らしい。
「アナタが乗らないと代わりにあの娘が乗ることになるのよ」
ああ、可笑しい。
「我慢しなさい、男の子でしょう」
ええ、そうですね。
確かにその通りだ。
逃げちゃ駄目なんですよ。
目を逸らしちゃ駄目なんですよ。
罪を認めなきゃ、いけないんですよ。
そうでしょう?
ミ サ ト さ ん ?
「しっかり生きて、それから死になさい」
クスクスクス・・・・ああ、可笑しい。
クスクスクス・・・・ああ、やっぱり、生きてて良かったなあ。
こんなにも。
こんなにも素晴らしい舞台を見ることが出来るのだから。
「ああ、可笑しい。馬鹿らしい。下らない。気持ち悪い。何人死ぬと思ってんの、だって? よく言いますね、葛城さん」
「あ・・・・」
恐怖に顔を青ざめさせ、けれども身体は呼吸を欲している。
上手く動かない肺を叱咤して酸素を取り込もうと、彼女はどうでもいい声を漏らした。
「あなたは戦えと言った。そうしないと僕を恨むと。だから乗りました。僕は乗りました。そして、あの紅い海だ!!!」
絶叫に皆が波打つ。それは怯えからだ。ビクッ、と身体が痙攣を起こした。
アスカは恐れない。
分かる。
分かるのだ。
痛いほどに彼は絶叫し、泣き、恐れ、恨んでいると。
だがそれすらも彼は気づいていない。
あまりにも大きすぎて。
あまりにも強すぎて。
一気に膨らんで、呆気なく弾けた。
だから彼には残らなかったのだ。
恨みも。
苦しみも。
悲しみも。
穴が開いた風船に空気が溜まることは二度とない。
彼は破れた風船。
二度と感情を溜めることはない。
二度と感情を残すことができない。
ただ垂れ流し、萎む。
「クスクスクス・・・・どうしました、葛城さん? なあに、今度はあなたに順番が回ってきただけです。さあ、思う存分――――――」
ああ、でも。
そんな彼が堪らなく愛しいのだ。
アスカにとってシンジは半身となった。
彼が分かる。
感情が流れてくる。
鼓動が伝わってくる。
ドクドクドク。
ドクドクドク。
ああ、なんて愛しいのだろう。
シンジさえ居てくれれば、自分には何もいらないのだ。
そう、何もいらない。
他人さえも、自分にはいらない。
「思う存分、殺してあげてください。そうしないと、僕達はあなたを許しません。ねえ、ミサトさん? さあ――――――」
「――――――しっかり殺って、それから死になさい?」
クスクス、と彼は口を吊り上げて笑った。
そこから漏れる旋律はアスカを欲情させ――――――周囲を殺さんばかりに射抜いた。
それはある意味、一種の神託と言えるのではないだろうか。
■ 「伝説のOut Of Place ArtifactsU」に続く ■
〜あとがき〜
この物語はフィクションです。実在する団体、地名とは一切関係がありませんので悪しからず。
島根に大蛇が現れたのは旧雲州(出雲の国)だったからです。
作者も適当に調べただけなので設定などに矛盾や間違いが生じるかもしれませんが、そこはご容赦ください。
では。