神造世界_心像世界 第十一幕ノ弐 「予兆」












 ――――――ふと、呼ばれたような気がして、彼は顔を上げた。



 それは間違いなく自分を呼んだ声。

 だが彼には、それが何処から聞こえてきたのか見当もつかなかった。

 辺りを見回しても、いつもの面子しか見当たらない。彼を呼んだ声の主は近くには居ないようだ。
 



































 ――――――キーン、と耳鳴りがした。

 

 頭を振る。

 痛みはなかなか治まらない。

 だが堪えられない痛みでもなかった。

 まるで、頭の中で拡張工事をされている様な。

 拡張する内容は自分の容量キャパシティ

 もっと大きく、もっと深く。

 だけど、どうしてだろうか。

 自分は大きくなっているというのに、なぜか小さくもなっている気がしてならない。

 目線を落とし、自分の身体を見てみても、いつもと変わる所なんてないのに。





































 「しゃー」



 誰かが彼を呼んでいる。

 ヌル助の聴力では途切れ途切れにしか聞こえない声。

 その声は、暖かくて、冷たかった。

 

 『――――――も・・・はじ・・・・・・・・の』



 ほら。

 聞こえるだろう?

 この声は一体何処から聞こえてくるのだろうか。

 彼の隣に座っている猫達は何の反応もない。もしかして聞こえていないのかもしれない。

 おかしいなあ。

 こんなにもはっきりと聞こえているっていうのに。

 自分よりもよっぽど高性能な聴覚を持っている猫さんには聞こえていない。

 ヌル助はキョロキョロと辺りを見回した。



 「しゃー・・・・」



 心なしか困った声を上げたのが幸いしてか、現状で唯一の理解人であるリツコが気がついてくれた。

 

 「ヌル助? 無表情ながらも困っているみたいね」

 

 無表情は余計である。



 「しゃー」

 「相談に乗ってあげたいところだけど・・・・あなたのご主人様のお見舞いに行かなきゃならないのよ」



 そう言ってリツコはヌル助の頭を撫でた。

 爬虫類ヌル助と会話をする美人科学者――――――なかなかにシュールな光景であった。



 「・・・・」

 「・・・・そんなつぶらな瞳で見つめられても困るわ」



 なんとかアイコンタクトで、と試してはみたものの、あえなく失敗。

 ウインクをしようとして、自分の筋肉では微笑む事はできないと判明。なんか悔しかった。

 まあ、自分は蛇(?)なんだし、仕方がないと分かってはいるのだが・・・・。

 言葉を喋る事ができないとは不便なものであった。

 ご主人様シンジとは問題なく会話が成り立つので問題ない。原理は知らないが会話が成立するのだ。

 だがそれ以外の人物となると話が違う。

 いくらヌル助が「しゃー」とか「しゃー」とか言っても、その人物には「しゃー」としか聞こえないのだ。

 彼が腹減った、と「しゃー」と鳴いてみても、リツコには何が言いたいのかわからない。

 ・・・・当然のコトではあるのだが。



 「しゃーあ」

 「あら? なんかいつもとアクセントが違ったわね」

 「しゃーあ」



 ならばっ。



 「しゃーあ!」



 ビシッ



 「・・・・? っ!? 分かったわ、ヌル助。 あなた、外に出たいんでしょう?」



 おお、大正解。

 ジェスチャーとはなんて便利なものなのだろうか。

 尻尾で窓を指しただけで分かってもらえるとは。さすがはマッドサイエンティスト(?)

 本人が聞いたら実験されそうな感謝をヌル助は心の中で言った。



 「いい? 日が暮れるまでには帰ってくるのよ? 車と牛には気をつけて。あとガキんちょにもね。あなた、天然記念物並みにさらわれそうだから」

 「しゃー」



 最後の方はよくわからなかったが、ヌル助は律儀に返事を返した。

 ガララ、と窓が開く。

 ヌル助はそこから躍り出て、近くの茂みに身を隠す。

 忠告されたからではないのだが、ヌル助は過去何度か誘拐されそうになっていたからだ。

 追われたのは大抵人間の子供だった。

 茂みを掻き分けて遊ぶ輩は子供しかいないだろう。

 

 「・・・・」



 声の主を求めて、ヌル助は冒険の旅に出た。
















 『――――――こ・・。わ・・・・・しあ・・・う・・た・・』



 何処にいても。

 どんな時でも。

 声はいつものままであった・・・・・・・・・・・・

 どれだけの距離を移動しても、声は一定の音量で流れ続ける。

 これでは発生源の特定などできはなしない。

 四方八方から聞こえてくるのと変わりはないのだから。



 「しゃー・・・・」



 困った。

 我武者羅がむしゃらに探し続けても、これでは意味がない。

 ほんとに近く。

 ほんとに近くから聞こえているというのに。

 近くて、遠い。

 手が届きそうで、すり抜けていく。

 まるで雲を掴む様だ、とヌル助は思った。



 『――――――わた・・・・と・い・・・・みつけ・・・こ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カチ」
 
 「・・・・?」



 今までと違う?

 最後に聞こえてきたのは硬い音であった。

 それが何であるかはわかる訳ではないのに、なぜだかヌル助は分かった様な気がした。

 声の主はわからない。

 言いたい事もわからない。

 伝えたい事も、全然わからない。

 だけど。

 なんとなく、分かってしまった。

 












 

 このままでは埒が明かない。

 何か良い案はないだろうか。

 もしご主人様が居てくれたら知恵を貸してくれそうなのだが、彼は病院に居るらしい。

 故に、一匹で解決しなければならない。



 「・・・・」



 生憎、自分は大っぴらに行動できない。

 したところでたかが知れているが、何より捕獲されでもしたらデッドエンドは確実だ。

 ・・・・やはり、自分だけでは駄目なのだ。

 後日、ご主人様にお願いして同行してもらえばいい。

 うん。

 うん、そうしよう。



 「しゃー」



 最後に街を見渡せる場所に行こう。

 全体像を見れば何か分かるかもしれない。
















 緑の丘は、ただ静かであった。

 人は誰もいない。

 好き好んでこの場所を訪れる者は、恐らく高い所好きな馬鹿だけだろう。

 人目がないのでヌル助は堂々と姿を現す。

 

 「・・・・」



 うん、清々する。

 何も疚しい事はしていないのに、隠れなければならないのは意外とストレスが溜まるのだ。
 
 円形に鱗が禿げたら笑い事じゃない、きっと。



 『――――――カチ・・な・・・・カチ・あな・・・・・カチ・・も・・・・カチ・・すぐに・・・・・』



 “声”は未だに聞こえてくる。

 一定のリズムでそれは刻む。

 刻む。

 刻む。

 刻む。

 メトロノームの調べは頭に響き、そしてゆるりと染み込んだ。

 

 『――――――聞こえているのでしょう?』



 聞こえているよ。



 『――――――カチ・・に・・・・カチ・・おわ・・・・カチ』



 感じているよ。



 『――――――どうして、わたし達は・・・・』



 わからない。



 『――――――どうして、わたカチはカチカチカチ・・・・』



 それは、仕方がないコトなんだ。

 空から雨が降るように。

 風が木々を揺らすように。

 それは、当たり前に行われて。

 そして“当たり前”にされていくんだ。



 『――――――カチ』



 ねえ、アナタは誰?



 『――――――わたし、』



 ねえ、何処に居るの?



 『――――――わたし、はカチカチカチカ』



 ねえ、どうしてそんなに悲しそうなの?



 『――――――それは、』



 


































 風が吹いた。

 木々が揺れ、影もつられて泳ぎだす。

 キラキラと、葉の間からは日の光が漏れ、彼を照らす。

 ゆらゆら。

 ゆらゆら。





































 丘の下には鉄のカタマリヒトの住む街

 どこかソレは寂しげで。

 



































 丘に居るのは蛇一匹。

 誰も居ないこの丘で、彼は佇む――――――。





































 見上げた空は、蒼く。

 えるように、歪んだ時計が空を突き抜けていた。











 ■ 第十二幕 「伝説のOut Of Place ArtifactsT」に続く ■