汎用ヒト型決戦兵器エヴァンゲリオン初号機。
深い紫の装甲を纏った鬼はただ凶悪だった。
禍々しい雰囲気を振り撒くその巨体は、今でこそ強さの象徴と受け取られるものの、当時は恐怖の対象となっていたことを知るものは少ない。
ヒトを模しているだけあって、スラリとした体の作り。
パイロットはイメージでEVAを動かすのだが、もしこれでEVAがヒト型ではなかったたら素人である碇シンジが操縦など出来たものではなかったはずだ。
例えば、EVAが四足歩行の獣型だったとしたら。
ヒト型だからこそ「手を動かす」「歩く」といった行動がイメージ可能なのに対し、四足歩行で「歩く」イメージはそう簡単にはできないのだ。
「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ」
ガクン、と拘束されていたものが開放された。
項垂れるように猫背になる初号機。
自重があるのでこのような体勢になるのだ。
「おおっ」歓声が上がった。巨大ロボットが二本足で立っていることだけで爽快と言えるから仕方がない。
「初めての使徒戦なので映像が不足していますが、わたし、赤木リツコがEVAについて説明させて頂きます」
EVA初号機の静止映像に合わせてリツコがスペックを読み上げていく。
様々な角度から見た初号機を興奮した表情で見つめる者達。
出来るだけ頭に記憶しておこうと必死になっているのが傍目にも分かった。
「この時点で起動可能状態にあるのは初号機だけでした。零号機は起動できず、弐号機に関しては日本に来ていない状況です」
説明をしながらも、リツコは当時のことを思い出す。
初号機のみで迎えた初めての使徒戦。
いくらゲンドウのシナリオがあったとしても、本当に上手くいくかは微妙なところであった。
今思えば、ゲンドウの自信は何処から来ていたのか本当に不思議でしょうがない。
もし碇シンジというパイロットがNERVに来る途中に死亡していたとしたら、一体どうするつもりだったのだろうか。
戦場の中を通過してきたのだから十分に考えられる。
事実、戦自のN2に巻き込まれたのだ。
あと少しミサトが迎えに来るのが遅かったら、彼は間違いなく消し飛んでいただろう。
「事実上、NERVの戦力は初号機とサードチルドレンの一組だけでした」
そして初の搭乗で起動成功。
予定されていた暴走という勝利方法。
何かに操作されているのではないか、と思えるほどに順調に進んだ使徒戦。
ほんの少しのイレギュラーが混じっただけで違った結果になっていたはずだ。
「そして戦自のN2地雷も足止め程度にしか使えないという過酷な状況の中、我々NERVは辛うじて勝利を収めることが出来ました」
あえて謙遜した言いようなのは戦自に文句を言わせないためだ。
NERVもいっぱいいっぱいだと言っておけば、彼らも批評を買いたくないから文句は言うまい。
自分達は足止めしか出来なかったのに文句は言うな、と。
サキエル戦は発進シーン以外は流されることがなかった。
初号機がズタボロにやられたり、暴走した野獣のような状態を見せる訳にはいかない。
あえてリツコは言葉のみで結果を言った。
「第3使徒サキエル、初号機により撃退」
NERV公園前。
「へえ、やってるね」
会場の外からも分かる大勢の人間の気配。
中に入れないTVリポーターの方々は、カメラを前に何やら熱く解説をしている。ご苦労なことだ。
「わたしも見たかったなー、エヴァンゲリオン」
マナが残念そうに言うのでシンジは聞いてみた。「興味あるの?」「うん」「そっか・・・・」
考え込む仕草。
一般人であるマナをチケットなしに入れるのは無理そうだが、ちょうどシンジはNERVの(一応)関係者だ。
普段は鬱陶しいことこの上ない人物が彼の脳裏に浮かぶ。その女、碇ユイはなぜか笑っていた。想像の中でさえ満面の笑顔の箱入り娘に、シンジは頭が痛くなった。
門の前で仁王立ちしている黒服の保安部員に近づいていくシンジ。その後ろをマナが追っていく。
近づいてきた若者二人に警戒する黒服は、僅かに身構える仕草をとる。
そんなに警戒しなくてもいいのに、とシンジは思ったのだが、これが彼らの仕事でもあるのだ。手は抜けないだろう。
「碇ユイ副指令の息子のシンジです。母を呼んでもらえますか?」
予想に反し、ニッコリ、と彼は微笑んだ。
「シンジのお友達のマナちゃんね、母のユイです」
「い、いえ。わたしは霧島マナであります」
ビシッ、と敬礼と少し変な調子で返すマナに、ユイは目を瞬かせてから可笑しそうに笑った。
息子が自分を頼ってきてくれたのがよほど嬉しいのか、ユイは終始ご機嫌である。
仕事中だというのに、シンジが連れてきたマナも快く受け入れてくれた。
司令と副指令の息子なだけあって、シンジはあっさりとチケットなしでの入場を成功させている。
マナも緊張しているのか固まっているが、表情からして満更でもないようだ。
「でもシンジが女の子を連れてくるなんて。もしかして彼女かしら?」
「め、滅相もない」
「あらあら」
ユイとマナがじゃれ合っているのを横目に、鞄の中のヌル助を外に出してやる。
シンジの手から地面に下ろされたヌル助は、ようやく開放されたと言わんばかりに背伸び(?)をした。
それに苦笑しながら、「日が沈む頃には迎えに来るから」「しゃー」「じゃあ、また後でね」
彼の言葉に肯定を返したのか、一回頷くとヌル助は近くの茂みへと消えた。
一日中鞄の中だったから窮屈だったのだろう、しばらくは散歩を楽しんでもらおう。
「シンジ」
「ん?」
「ユイさんが会場を見て回ってもいいって」
嬉しそうにマナが言う。
「デートの場所がこんな所でなんだけど、楽しんできなさい、シンジ」
「そうですね。ありがとうございます」
敬語で話すシンジを不思議に思ったマナだが、それを聞くことはなかった。なぜならユイが一瞬悲しそうな表情を浮かべたのを見てしまったから。
それじゃあ行こうか、と彼は歩き出す。
人ごみに流されないようにマナも歩き出した。
ただでさえ暑いのに人が集まっているせいで、会場の温度は二割増し程度暑く感じられる。加えて湿度が高いのでむわっとした嫌な暑さである。
まるで効果音が聞こえてきそうだ。
二人は自分達がサウナに居るような気がした。
「こ、これはまた・・・・」
「暑いね・・・・すっごく」
そう言わずにはいられない暑さ。それでも会場に居る人達は食い入るように前方の大型スクリーンを見ている。
ちょうどリツコが第4使徒との戦いを説明している最中だ。
映像を傍目に見て、シンジは軽く自分の脇腹を手で押さえ込んだ。あの時の痛みは今思い出しても面白いものではない。
搭乗者も痛みを感じる兵器など愚の骨頂でしかないではないか。
痛みが入れば判断力は落ちる、思考もまともでなくなってしまう。イメージで動かすEVAには致命的と言えた。
だがその痛みによって脳内物質が過剰に分泌され、一種のバーサク状態に陥ると“リミッター”が外れて尋常ならぬ力を生み出すこともある。
初号機の暴走は搭乗者の命の危険によって。だがそれはインストールされたユイが“護ろう”とした結果であった。
痛みによってリミッターが外れるのは他でもない、惣流・アスカ・ラングレーであろう。
引き裂かれる感覚はあっても身体は無傷――――――相反するこの事態は肉体のポテンシャルを限界以上に引き上げる結果となる。
開発者であるユイやキョウコがこれを予想していたのかは不明なのだが。
凛とした態度のリツコの隣には葛城ミサトの姿もあった。
目に映えるNERV指揮官服をその身に纏い、隣のリツコと遜色ない可憐な姿である。大多数の男達は、そのスラリとした生足に気をとられている様だ。
外見に騙されてるなあ、と鼻の伸びた雄達を見ながらシンジは苦笑する。これで彼女が大酒喰らいでガサツな性格だと知ったら彼らはどんな反応をするのだろう。その様子を思い浮かべて彼の苦笑は嘲笑へと変わった。
そういえば、とシンジは唇に人差し指を当てて考え込む。
第3、第4使徒と共に、ミサトには指示らしい指示を受けていなかった気がする。
「歩け」とか「避けて」とか。
第4使徒の時なんか馬鹿呼ばわりされたのを彼は思い出した。
「美人指揮官、ねえ」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
ま、どうでもいいか。
シンジは涼しい場所を求めて視線を彷徨わせる。その度に暑苦しい男達の姿が目に入るのは勘弁して欲しい。
額に汗が流れた。
映像を見るのもいいが、このままでは熱中症でぶっ倒れてしまう。現にその実例とも言える男が先程担架で運ばれているので一笑に出来ないものがあった。運んでいくNERV医療班が手馴れているのは二日目だからだろうか。
と。
涼しい所を発見。
「マナ、あそこのテントに行くよ?」
シンジが指差す先には職員用の仮設テントがあった。
「え? あそこって立ち入り禁止なんじゃ」
「大丈夫だよ。一応、僕も司令の息子だしね」
こういう時ぐらいはいいでしょ、とシンジは笑った。
それに苦笑しながらマナも頷く。
どうやらシンジは司令の息子だということを快く思っていないらしい。出会ったばかりのマナにもそれは感じられた。
先を歩くシンジの後を追う。
すでにNERVの職員には彼の顔はよく知られているらしい。注意されることなくテント内へと入ることが出来た。
ようやく日差しから開放されて二人は安堵のため息を吐いた。日陰に入るだけで雲泥の差があるのだ。
そこに、後ろから差し出されたカップを受け取る。
職員の一人がシンジとマナに用意してくれたようだ。お礼を言ってマナは頭を下げた。
礼儀正しいマナに気を良くしたその職員は笑いながら「それじゃあ」と去っていった。うわあ、今時親切な人だなあ。マナは感激したらしい。
喉が渇いていたので、麦茶の差し入れは本当にありがたかった。
冷たすぎず、温すぎず。
あまりに冷えすぎた飲み物は体に悪いらしい。だがこの麦茶は適温と言えた。何気ない気の配りに感謝しつつ、コップに口をつける。
ゴクゴクと一気飲みで二つのカップは空になった。
「生き返った〜」
「クスクスクス。そうだね」
「そういえばヌルちゃんは?」
ヌルちゃん――――――マナがヌル助に付けた愛称である。
ぬるっとしていて可愛いのかそうでないのか微妙なところだ。
シンジは割と気に入っているのだが。
「さっき茂みの近くに放してきた。たぶん今は散歩の真っ最中だと思うよ?」
「大丈夫なの?」
「うん。あれで結構賢いからね」
それに身軽で素早いから簡単には捕まらないさ、とシンジは付け加えた。
彼もヌル助を捕獲するのに苦労した一人だったからそれは正しいだろう。
「でも驚いたなあ。シンジがNERV司令の息子さんだなんて」
「好きでなった訳じゃないけどね」
「そう? 結構お金持ちなんじゃないの、シンジのお父さん」
「・・・・う〜ん、ある意味お金持ちなんだろうけど・・・・怪しい金だからどうなんだか」
「怪しいお金?」
うん、と。
「たぶんスイス銀行とかいろいろ回してからやって来たものなんじゃないかな。あとは賄賂とかその他ETC」
「・・・・」
平然と言ってのけるシンジにマナは冷や汗を流した。
組織の長となれば、その程度のことはやってのけるかもしれない。
だが大して興味なさそうに語る彼に唖然とする。なんか友達に話している世間話みたいだ。
「ま、結果から言えば僕にはあんまり関係ないんだけどね」
「どうして?」
「だって捨てられてるし。父親に」
今度こそ彼女は絶句した。
今サラリとシンジは何て言った?
「捨てられたって・・・・」
「そのまんまの意味だよ。まあ司令もやるもんだよね、顔色一つ変えずに放り出してくれてさ。結構昔のことなんだけどね」
あはは、と彼は笑う。
「それで三年前、『来い ゲンドウ』だよ? あれには驚いたね」
顔色を悪くするマナに気づいてシンジは申し訳なさそうに謝った。「ごめん、気持ちの良い話じゃなかった」
マナは思う。彼はどうして平気そうな顔をしているのか、と。
父親に捨てられるなんて普通は平気じゃいられない。
マナに父親はもういないけど、血の繋がりは大切なものだと知っている。
だがシンジは強がっているようにも見えなかった。あくまで自然体。
ならば彼にとって親とはどういう存在なのだろうか。彼の年齢ですでに親離れしている者は少ないだろう。17で職を見つけ、一人で食べていく事など並大抵の事ではない。
外見もそうだが、マナにはシンジが同い年だとはどうしても思えなかった。
まるで磨耗した老人の様な、けれど儚い印象はなく、きちんとした自分というものを持っている。それがただ大人びているのか、と聞かれれば違うと答えるだろう。彼は大人びているのではなく、すでに歴とした大人なのだ。
自分は憧れた、その“両親”が健在だというのに、いないものと扱っている。
不思議だ。
彼は一体どんなことを考えているのだろう。どんなものを見ているのだろう。
視界は自分と同じであるはずなのに、彼は違うものを見、感じている。赤いと思ったものを蒼いと感じ、暖かいと思ったものを生暖かく感じる。
ああ、なんて不思議なんだろうか。
霧島マナは、碇シンジという青年に興味を持った瞬間だった。
「あれ、惣流さん」
マナが視線を戻すと、目の前には赤みの混じった金髪の美少女が居た。
惣流さんとシンジが言うからには知り合いなのだろう。
自分には到底及ばないプロポーションを前にして、年頃の乙女はブルーになった。特に胸の辺りが。
「・・・・シンジ? どうしてここに居るのよ」
自分の顔を見るや否や、その表情が強張ったのをマナは見て取れた。
「マナが見たいって言うからその付き添いで、ですかね」
「あ、霧島マナです」
マナが頭を下げると、目の前の彼女は「惣流・アスカ・ラングレーよ」とぶっきら棒に答えた。
あまり歓迎されてないみたい。急に肩身が狭くなった気がした。どうも苦手だ、こういうタイプは。
「へーえ、人が働いているのにデートとは良いご身分じゃないの、シンジ様?」
「・・・・あ、あの」
「惣流さんにどうこう言われる筋合いはないと思いますが」
もしかしてこの二人も仲が悪いの? なんとなく険剣になってきた雰囲気が痛い。
売り文句のアスカに真っ当から構えるシンジは不快感も露に毒づいた。少々気圧されながらも、アスカがその矛先を収めることはない。それは彼女のプライド故か、収まりがつかなくなったので貫き通すだけなのか。
「あーら、言うようになったじゃないの? バカシンジも」
「三年もたてば変わりますよ。もっとも、あなたはお変わりないようで」
シンジの口元が皮肉気に吊り上る。
「っく、何が言いたいのよ?」
「別に。ただ僕は礼には礼で返すのがポリシーなんですよ」
その言葉を聞いて、マナは今までの疑問が氷解するのを感じていた。
そういう事だったのか。彼の変わり身の速さはこの事から来ていたものだったのか、と。
細められた目線にはアスカの姿が入っているのか怪しい。肩を竦めながら、「故に」とシンジは言った。
「あなたは嫌いだ。消えてください」
有無を言わせぬ迫力がその言葉には込められていた。
「よかったの、あの人?」
帰り際の彼女の顔を思い出してマナは聞いた。
どこか泣きそうだったアスカの表情。あれは本当にショックだった時に現れるものだと同姓のマナは知っていた。
「じゃあどうすればよかったのかな」
真面目な表情でシンジは問う。切り返されたマナはその表情に声を詰まらせた。恐いくらいに彼は無表情だった。
「向けられるのは好意とは言えない言葉。そしてマナには刺々しい態度。好意的に受け取れというのは無理な話でしょ?」
「そう、だけど・・・・」
確かにシンジの言っていることは正しい。
対人関係が言葉と態度で成り立っている中、一方が毒を吐けば返されるのも毒であるのは間違いない。
もし返されるのが毒でなく蜜であるとしたら――――――恐らくそれは腐っていて食べられたものではないはずである。それでもないとしたら、返した人物は人間として壊れているのかもしれない。
「別に惣流さんのことは嫌いじゃないさ」
彼の言葉にマナは目を瞬かせた。
さっきの態度はどう見ても嫌悪する人物に向けられるものだった。だがシンジは嫌ってはいないと言う。
なら――――――。
「けれど好きでもないけどね。ま、年頃なんだろうさ。彼女は」
水滴のついたコップを弄りながら、シンジは艶っぽく笑う。
やっぱり、彼は興味深い。
マナの視線はシンジに釘付けにされたまま、曖昧に頷いた。
またやってしまった。アスカは駆け込んだ女子トイレで己を罵倒した。
どう考えても悪いのは自分ではないか。
シンジはただ女友達と喋っていただけなのだ。
自分にだって男の友達はいる。世間話をしているところに突っかかってこられたら、誰だって良い顔はしないだろう。これでもし快く迎えられたりしたら、それこそ鳥肌物だ。
沸騰していた頭が冷めると、ボコボコと茹っていた怒りはどこかへ消えてしまっていた。
変わりに残ったのは苦味のある後悔だけだ。
「ホント、馬鹿みたい」
情けなくて泣けてくる。癇癪を起こした子供でもあるまいし、ギャーギャー喚きたてるだけ立てて逃げ帰ってきてしまうとは。自分のことでなかったら一笑の元に記憶を彼方へと放り投げてしまいたい気分だ。
ああもう、とアスカは髪をガリガリと引っ掻いた。
あの紅い海を思い出してから、シンジに接するときは円滑にいこうと考えていたのに。容易く暴発してしまうとは自分でも思ってもいなかった事だ。ここ数年はこんなことなど起きていなかったのに。
職を持ってから対人関係の重要さに気がついたアスカは、猫を被っているにしろ対応は昔とは比べることが出来ない位に柔らかくなっていた。
先程の事態には自分でも驚いているのだ。
でも、シンジの「礼には礼で返す」という台詞にも納得がいく。アスカは自嘲気味に笑う。
(なぜか、シンジが楽しそうにしているのを見たら・・・・悔しかった)
なぜ?
答えは返ってこない。
あの時は激情のままにシンジに吹っかけていって、結果はこれだ。
『あなたは嫌いだ。消えてください』
人は誰も、嫌われる言葉は聞きたくはないものだ。
それが誰であっても。
好意を向けられるのに対し、それは自己を否定される言葉。
だがアスカの場合は自業自得であった。
自分から拒否を示せば、返ってくるのもまた然り。
決して一方通行な想いはない。
『触らないでください。NERVの狗のくせに」
・・・・ヤメテ。
アタシをそんな目で見ないで!
(ごめんなさい・・・・ごめん、シンジ)
なぜ自分はこんなにも愚かなのだろう。
あれから三年、少しは成長したつもりだったのだ。
身体だって、心だって大人になった気でいた。
だがそれは違った。
本当に大人になった心は、自分を大人だなんて言ったりはしない。
そう。
自分はまだまだ子供だったのだ。
背伸びをして、偽って。
結局はそんな擬態も剥がれ落ちてしまったけど。
(アタシは・・・・)
どうすればいい・・・・?
決まっているだろうに。
変わるのだ、自身で。
すぐには無理かもしれないけど、少しずつならやっていけそうな気がする。
それでリツコみたいに落ち着いた性格になれたらいいな、なんて思う。
(――――――ああ、そうだったんだ)
シンジがリツコにだけは心を許す理由。
それは、一緒に居ても疲れないからだ。
互いに気遣う訳でもなく、ただそこに居る存在。
だけど決して無視している訳でもない。
不快感を感じず、そこに居るのが当たり前で。
少し手を伸ばせば触れ合う、けれど絶対にヒトの心には踏み入ったりはしない。
ある意味、絶対不可侵の領域。
「アタシ達の、ATフィールド」
ココロが纏うそのチカラをアタシにもください。
――――――シンジに少しでも近づけるチカラを、アタシにください。
鏡に映ったアスカの瞳には、何も映っていない。
それは何処か、今にも壊れそうな危うさを感じさせていた。
■ 第六幕 「 ココロの絆を、アナタだけに 」に続く ■