惣流・アスカ・ラングレーにとって、碇シンジとは如何なる人物だったのだろうか。
 碇シンジ――――――サードチルドレンは訓練もせずにEVAを起動させた、まさにEVAに乗るために生まれてきたチルドレンと言えよう。
 アスカが汗まみれになりながらこなしてきた訓練をすっ飛ばしたどころか、初戦で使徒を退けてもいる。
 本当に素人なのか? どこかで秘密裏に訓練を積んできたのではないかと疑ってしまうのは当然のことだろう。
 だが事実、彼は平凡な生活を送ってきたことには違いなかった。
 生活環境は最悪な人間関係だった。
 愛情と呼ばれるモノには一切触れなかった幼年期。だがそれはアスカとて変わりはない。
 二人は愛情を欲し。
 碇シンジは内罰的に。
 そして惣流・アスカ・ラングレーはその反対の性格へと、それぞれが成長を遂げた。
 彼らの元となる核は同じようなものだったのだ。
 それが成長過程の環境に左右され、例の性格へと至った。
 なら、今と違った性格へと変化する可能性はなかったのだろうか。
 幾千にも枝分かれした分かれ道を人々は歩き続けている。
 だが道を選ぶとき、わざわざそれを確認する人間はいないだろう。
 無意識に道は決定され、それが“現在”となる。
 
 繰り返し、繰り返し。
 枝分かれされた道を歩き、今を築いていく。
 変えられない“過去”を作り上げ、まだ見ぬ“未来”へと続く。
 
 故に、“もしもありえた世界”は可能性としては考えられるとしても。
 それは本当に“もしも”の存在であり、現実には何の影響をもたらすことはないのだ。
 「もしも碇シンジが活発的な少年だったら」
 「もしも惣流・アスカ・ラングレーがおしとやかな性格だったのなら」
 そんなものは関係ない。
 今の彼らこそが“現在”なのだ。
 過去がどうだったとか、知っているあの子はああだったとか、それは過去の遺物にすぎない。
 
 葛城ミサトの中のシンジ。
 伊吹マヤの中のシンジ。
 碇ユイの中のシンジ。
 きっと誰一人として、同じ碇シンジはいない。
 他人をこうだと幻想するのは自分の心。
 作り出された他人の虚像。
 こうであって欲しい、という願望。
 それは、群体にあって尚、人との繋がりを求めるヒトの業。
 なら、アスカの中の碇シンジは?
 同僚。
 ライバル。
 同居人。
 彼を見ているとなぜかイライラした。
 
 ――――――それは自分と似たもの同士だったから。
 彼にだけは負けたくはなかった。
 ――――――それは彼を意識しているから。
 彼が他の女と楽しそうにしていると、なぜか不愉快だった。
 ――――――それは彼に独占欲を感じていたから。
 同じ屋根の下で暮らす同居人。
 食事や洗濯、家事をいろいろと請け負ってくれていた。
 ――――――特別な感情を抱かないという方が、無理な話だろう?
 だが彼らは幼すぎた。
 自分のことで精一杯。周りのことなんて二の次だろう。
 結果。
 惣流・アスカ・ラングレーという心が崩れ、碇シンジという心が、その扉を閉ざした。
 目に映るのは、見慣れた灰色の天井。
 吊り下げられた紐にはデフォルメされたクマのマスコットが続いていた。
 空中のクマはまるで空を漂っているみたいだ、とアスカは思った。
 姿勢を変えようと布団の中で身じろぎをする。
 まだ起きたくはない。
 あと五分・・・・お決まりの台詞で一人納得し、彼女は身体を右へと向ける。
 枕に感じるシャンプーの匂い。
 横になったせいで、目元から雫が流れていることに気づいた。
 なんかこの頃よく泣いているなー、なんて。
 アスカは視線を斜め上方へと向け、目覚ましで時刻を確認する。
 うん、まだ全然平気だ。
 今日は慰霊祭の二日目だが、メインの仕事は昨日のうちに終わってしまっているから、今日はさほど大変ではない。
 その代わりリツコはご愁傷様よね、などと金髪博士を敬いながら。
 アスカはしばしの眠りについた。
 「無様ね」
 「なぁによう・・・・ちょっち寝坊しただけでしょう?」
 数時間の遅刻を“ちょっち”で済ませるこの女は、やはり大者なのだろう。
 非難の目を向ける友人を牽制しながら、ミサトはなんとか怒りの矛先を収めさせようと悪戦苦闘していた。
 「今何時だと思っているのよ・・・・まあいいわ、それよりも」
 「わぁーってるわよっ、手伝えばいいでしょ、手伝えば」
 「・・・・無能のくせに偉そうね」
 「んー? 何か言った? リツコ」
 「別に。幻聴でしょう、きっと」
 空耳とは言わず“幻聴”と言う。アル中にはとっておきのお言葉なのだった。
 NERV内発令所。
 思いもよらぬ人物の登場に、オペレーター三人組の手が止まった。
 その当人はと言うと、何が面白いのか、終始ニコニコとしている。
 
 「シンジ君、どうしたんだい?」
 比較的シンジとは友好的な青葉シゲルが聞いた。
 「少し頼まれ事をしましてね」
 「頼まれごと?」
 オウム返しに聞いた日向マコトの疑問に、シンジは「ええ」と一言。
 男二人は普通に会話をしている中、伊吹マヤだけがシンジを軽蔑の眼差しで見ている。
 マヤとて美女(美少女?)の部類に入る女性だ。そのマヤにあんな眼差しを向けられたら、世の大半の男はトラウマになるに違いない。
 だというのに、絶対零度の視線をいけしゃあしゃあと流すシンジ。
 他の一般職員は胃が痛くなる思いだった。
 「赤木博士からの書類です。ここの赤丸のトコ、データが違っているそうなんですが」
 マコトは示された箇所に目を通す。
 なるほど、確かに数値がずれてしまっている。
 
 「ああ、確認した。修正して書類を作成するよ」
 「出来上がった書類は直接回してもらって構わないそうです。あと、それと他にもあるんですが」
 「まだあるんですか?」
 やってらんないわよ、とマヤの目が言っている。
 それに対し青葉とマコトは、マヤに非難の目を向けた。
 マヤにしてみればユイを傷つけた正当な仕返しだと思っているのだろうが、男二人から見ればただの後輩イビリにしか見えない。
 女一人と男二人の、ユイに対する明確な差だった。
 シンジは頭を下げて「すいません、お忙しいのに」「わかってるなら気を使ってくださいよ」ペコリペコリ。
 まるで上司に頭を下げるサラリーマンみたいだ、と青葉は思った。
 碇レイと惣流・アスカ・ラングレーに用事があるので何処にいるか教えて欲しい。
 シンジは申し訳なさそうに聞いた。
 「それくらい自分で探してください」「ちょ、マヤちゃん・・・・」「なんですか?」「い、いや。その」ごにょごにょ。
 青葉は余波をくらって1000のダメージを負った。
 マコトはビビって傍観に徹することにした。
 
 「そうですね、伊吹さんの仰るとおりです。では、失礼します」
 シンジは一礼すると、出入り口へと向かっていく。
 これで少しは懲りたかしら。
 マヤは上機嫌に頷いた。
 だが彼女たちは気づいていない。
 背を向けたシンジがワラッていたことを。
 クスッ・・・・ク ス ク ス ク ス ク ス 
 ワラい声は、誰にも聞かれることなく、虚空へと霧散して消えた。
 「本日もお集まりいただきありがとうございます」
 慰霊祭二日目。
 その手のマニア達の間では今日が正念場なのだった。
 大勢の人間が集まる舞台では初の公開と言える、使徒戦の映像。
 映像の録画・撮影が禁止されているため、マニア達は血眼になって目に焼き付けんとしている。
 相田ケンスケも例に漏れず、上映開始を今か今かと待ち望んでいた。
 彼のお得意の盗撮技術も役に立たないとわかった今、残ったのは正攻法である自分自身の記憶力のみ。
 後で文章に起こすべく、一秒たりとも見逃さないと意気込む。
 だが、やがて目が乾いてウル目になるのは茶目っ気というものだ。
 「度々のご注意にもなりますが――――――」
 ぬわあ、とケンスケの後方で声が上がった。その様子に周りのマニアではない一般人は「またか・・・・」とウンザリした表情を浮かべている。
 ケンスケが盗撮を諦めたのはこれが理由だ。
 慰霊祭一日目から録画・撮影は禁止されていたのだが、それを破って実行するマニアが続出したのだ。
 NERVが誇る黒服達がそれを見逃すはずもなく、初日だと言うのに二桁の“勇気ある英雄達”がお説教室へと消えていった。
 後に帰ってきた彼らは皆一様にゲッソリと疲れきっており、誰一人として何があったのかを語った者はいなかったという。
 「上映中の録画・撮影は禁止となっております。また、携帯の電源は切っていただき――――――」
 バンダナを被った太目の男が連行されていく様を横目に、ケンスケ同様、盗撮を計画していたマニア達は顔を青くする。
 ああ、やらなくてよかった。
 皆の心情を表せばこう言っていたはずだ。一般客からすればこの上なく迷惑なだけなのだが。
 お説教室に連行されるのはまだ許せるとしても(ケンスケは中学時代に経験しているし)、そのせいで上映会を逃すのは避けなければならない。
 言わばメインディッシュとも言える使徒戦の上映会。
 壇上では技術部の花、赤木リツコと伊吹マヤの両名が注意事項を説明している。
 何気にハァハァと、会場の所々から聞こえてくるのをシャットアウトし、ケンスケは彼女達の説明に耳を立てる。
 EVAの基本情報は中学時代に父親のコンピュータから抜き出し済みだった。
 シンクロシステムには驚かされたが、イメージで動かすのだから、そこまでしないといけないのだろう。
 親が子を守る、か。なんて格好良いのだろう。
 今思えば、トウジが乗った参号機には彼の妹がインストールされていたのではないだろうか。
 パイロットに選ばれた後に会ったなんて話は聞いていなかったのだし。
 きっとNERVもトウジに言うのは躊躇われたはずだ。
 士気の低下にも繋がる。
 それに、“妹の治療”を条件にパイロットになってくれと頼んできたらしいから、死んでしまっては言い訳も出来ない。
 だからトウジが落ち着くまで隠しておくつもりだったに違いない。
 ああ、なんて良心的なんだ、NERVは。
 「それでは上映を開始します。尚、上映中の質問などは受け付けません。終了後にお願いいたします」
 童顔のオペレーター、伊吹マヤが手で合図をすると、備え付けられたスクリーンが機能を始める。
 今から三年前。
 その日も今日と同様、暑い夏の日だった。
 
 ――――――第三使徒、サキエル襲来。
 「暑いな」
 「しゃー」
 心なしかヌル助も暑さに参っているようだ。シンジの頭の上でぐったりしている。
 これはミサトから受けたストレスも関係しているのだろうが。
 初めてヌル助を見たミサトの驚きようは凄まじいものだった。
 血相を変えてヌル助を引ったくり、そのままTV局に直行しようとしたのだ。
 もしリツコとシンジが止めなかったら、出演料を大量にふんだくって全国出演していたかもしれない。
 リツコの「突然変異よ、突然変異」と説得され渋々諦めたのは奇跡と言えよう。金が絡むと恐ろしい女なのだ。
 知る人ぞ知るツチノコだが、それを白昼堂々と頭に乗せられるとそうは見えない。
 せいぜい爬虫類好きの青年が太りぎみの蛇と共に散歩している程度。
 というか明らかに怪しいので、あんまりお近づきにはなりたくないようだった。皆、見て見ぬフリをしている。
 そういうわけで、リツコが仕事中で暇になったのを見計らって抜け出してきた、というわけである。
 嬉々としてヌル助を研究するリツコの目はかなりマッドだった。
 ヌル助もトラウマになってしまったようだ。リツコを見ると怯えて隠れてしまう。
 喧騒を避けてシンジは商店街の一角へとやってきた。
 商店街にもかかわらず人通りは殆どない。
 シンジの靴が地面を踏みしめる音だけが、ここ一帯の世界が発する音だった。
 だが、錆び付き始めた自販機の前を通り過ぎたとき、女性特有のソプラノの声が響く。
 興味を持ったシンジが声のした方向へと歩いていく。彼以外に人はいない。
 
 「ちょっと触らないでよっ」
 スレンダーな女性だった。
 顔は明らかに美少女。男が十人中全員が認める、正真正銘の美少女だ。アスカやレイとも十分にタメを張れるだろう。
 その少女はガラの悪い三人の男に絡まれていた。
 なぜこんな所で? シンジは訝しげに状況を確認する。
 様子から見てあの少女が男に絡まれている、というのは間違いないだろう。
 だが、何か不自然だ。
 「へへ、良い顔してるなあ、姉ちゃん」
 良い体、とは言わない男。それに突っ込まない残りの二人。
 「やめてくださいっ」
 「待てよ、誰も邪魔はしないさ。焦るなって」
 「いや・・・・」
 シンジは少し思案し、面倒に巻き込まれるのは勘弁だったので立ち去ることにした。
 「そこの人、助けてください!」
 「・・・・」
 今更ながらに選択を間違ったことを後悔するシンジ。
 こんなことなら大人しくリツコを待っていた方がマシだった。
 踵を返して彼は振り向いた。
 「あ・・・・」
 助けを求めていた少女は息を呑んだ。
 そこにいた青年はまるで天使のようだった。
 振り返った拍子に長い黒髪がサラサラとなびく。
 思わず少女は見とれてしまった。同姓ならともかく、男性を見とれてしまうなんて始めての経験だ。
 「何か?」
 「しゃー」
 頭の上に乗っている変なモノは見なかったことにした。
 「て、てめえ」
 硬直していたその場が再び動き出し始める。
 色黒の男Aの言葉に反応するように、男B・Cもそれに続いて何かしら怒鳴り散らし始めた。
 かなり喧しい。
 シンジは眉を顰めた。
 「助けてくださいっ」
 先ほどの少女が一瞬の隙を狙って男達を振り切った。そのままシンジの後方へと隠れる。
 
 「お願いです・・・・助けてください」
 「・・・・」
 「あの・・・・」
 「・・・・」
 無言のままのシンジを不思議そうに見る。
 どうしたのだろう。
 「君、名前は?」
 「えっ、えーと。霧島マナっていいます」
 「・・・・そう」
 彼は興味なさそうに頷く。
 絡んでいた男達もシンジの態度に動揺しているのか、傍観したままだ。
 これはチャンスとばかりにマナの手を引いて走り出す。
 一瞬驚いたものの、意図が読めたマナもそれに続いて足を速めた。
 
 「まてやコラァ!」
 後ろから男の声。
 だが二人は振り返らずに走る走る。
 やがて元の人通りの多い道に出た。
 そこでやっと足を止める二人。
 シンジは肩で息をしているが、マナに至っては平然とした表情だった。
 
 「・・・・体力あるね、君」
 「これでも体を動かすのは得意でーす」
 ブイっ。
 マナは嬉しそうにブイサイン。何気に得意気だ。
 
 「でも本当に助かりました。えーと」
 「シンジ。呼び捨てで構わないよ、霧島さん」
 「うん。ありがとね、シンジ」
 マナは嬉しそうに笑った。
 道を歩く男性が思わず見とれてしまうような笑顔だ。まるでヒマワリのような。
 それにシンジは「大したことじゃないから」と愛想笑いで返す。
 
 話を聞くと、街中でぶつかったときにイチャモンを付けられたらしい。
 そして埒が明かないのでダッシュで逃走。
 まだ第三に来て日が浅いので、滅茶苦茶に逃げ回っているうちにあそこに出てしまった。そこで追いつかれた、という。
 「へえ、散々だったね」「でもシンジが助けてくれたから」「・・・・偶然だよ」「しゃー」
 マナの目線がヌル助と交差した。さすがにもう無視できないらしい。
 
 「ああ、これは僕のペット」
 「そうなんだ。蛇・・・・だよね?」
 「うん。ちょっと太り気味だけどね」
 「だから胴体が寸同なんだ・・・・」
 興味津々でヌル助の頭を撫でるマナ。意外と順応が早いようだ。
 ヌル助も嫌がることなく身を任せている。
 ミサトのおかげで一種の人間不信になりかけていたのだが、これで幾分か解消されるはずだ。
 一般的な女の子には敬遠されがちな爬虫類のヌル助も、このマナには受けが良い。
 「しゃー」「よしよし」なでなで。
 
 「・・・・まあ、とにかく喫茶にでも入らない? 霧島さん」
 
 「上手くいったな」
 「うん」
 取り残された男達はシンジ達を追う様子はなかった。
 普通なら仲間を呼んだり手分けして探したりと、このような輩はそういったことが多いのだが。
 残っている男は三人。
 浅黒い肌のがっしりとした体格の青年と、もう片方は線の細い青年だ。先ほどよりも弱気そうに見える。
 「あとは霧島任せだな・・・・」
 先の二人よりも歳がいった男が言う。
 
 「マナ、大丈夫かな?」
 「アイツのことだ、やるときはやるさ。だが何であんな男女みたいなヤツに接触しなきゃならないんだ」
 「そう言うな、ムサシ。上層部の決定だ、俺達は命令に従わなきゃならん」
 「・・・・それはわかっています」
 ムサシ、と呼ばれた青年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
 この任務はいけ好かない。
 マナを使った色仕掛けでサードチルドレンから情報を聞き出すだなんて。
 そもそもチルドレンが重要な情報を持っているかも怪しい。
 NERVの情報公開によってチルドレンが特別な存在ではないことはわかっていると言うのに、今更何を聞き出そうと言うのか。
 
 「だけど・・・・マナは」
 「ムサシ・・・・」
 「ケイタ、わかってるさ。これは任務だ」
 細身の青年はケイタ、というらしい。心配そうにケイタはムサシを見ている。根が優しい青年なのだろう。
 
 「では俺達も戻るとする」
 「「はっ」」
 最年長の男に敬礼で返すムサシとケイタ。
 この三人の中で一番力を持つのがあの男らしい。返された敬礼は戦自のものであった。
 
 
 喫茶「るんな」店内。
 シンジとマナは向かい合って座っていた。
 シンジの前にはいつも通りのアイスコーヒー、マナの前にはチョコレートパフェが置いてある。
 マナは「るんな」を訪れるのは初めてらしい。
 少し興奮した様子で店内をキョロキョロと見回している。だと言うのに、手はひっきりなしにパフェをすくっては食べ、すくっては食べを繰り返している。
 彼女の器用な食べ方にシンジは苦笑した。
 「そんなに珍しい?」
 「え、うん。私、こういう所は初めて入ったから」
 「こういう所って・・・・喫茶に初めて入ったっていうこと?」
 「うん」
 嬉しそうにマナは答えた。
 「へえ、珍しいね。マナって可愛いから、彼氏と来たことがあるんじゃないかなって思ったんだけど」
 ボッっ、と顔を赤くして顔をブンブンと振る。「可愛いって・・・・そんなことないよ」
 決して謙遜ではないようだ。
 初めて彼氏と手を繋いだ中学生のような反応。この歳では本当に珍しい。
 マナにしてみれば、絶世的美男のシンジに可愛いと言われたのでショート寸前だった。
 彼女の周りにいる男からも、「可愛い」なんて言われたことなど一度もなかったのだから。
 「シンジはよく来るの? この喫茶」
 「うん。お気に入りでね」
 僕も教えてもらったんだけど、とシンジは付け加えた。
 「この喫茶は食べ物も美味しいんだ。ハンバーグセットがお勧めかな」
 「へえ・・・・ゴクッ」
 「頼む?」
 「頼みたいけど・・・・お金がないのです、えへへ」
 事実、マナの財布には千円札が一枚しか入っていなかった。
 余分な金を渡されなかったのだ。
 「大丈夫。お代は僕が払うから」
 「じゃあ、お願いしちゃおうかなっ。すいませーん」
 
 「むぐむぐ。おいひぃよぉ〜」
 夢中になってハンバーグを食べるマナ。
 美少女が食べると絵になるのだから不思議なものだ。シンジはアイスコーヒーを飲み干した。
 「美味しいでしょう?」
 「ん、く。うん、久しぶりに食べたよ、ハンバーグなんて」
 「・・・・へえ」
 極上の笑顔に対し、シンジの目は細かった。
 店内の客もマナに触発されたのか、ハンバーグセットを頼む声がチラホラと聞こえてくる。
 彼女の知らぬところで売り上げ相乗効果をもたらしたのだった。
 シンジは鞄に入れているヌル助の頭をなでる。さっきから入れっぱなしなので、たまには相手をしてやらないと。
 さすがにヌル助を店内に堂々と入れる訳にはいかないので、マナが持っていた鞄に入れさせてもらったのだ。
 お気に入りの店に入店禁止などされたくはない。
 なでなで。「しゃー」
 基本的にヌル助はあんまり動かない。動くとすれば舌を出し入れする程度だろうか。
 知能もそれなりにあるらしく、シンジの言うことをきちんと聞いていた。
 リツコからすれば大発見なのだが、シンジのペットということで過剰な実験はできなかった。
 賢さで言えばミサトのペンペンとタメを張れるに違いない。
 野良猫ならぬ“野良ツチノコ”を拾って帰った日はたいそう騒いだのだが。リツコなんか目を見開いてブツブツと何か呟きまくっていたし。
 「しゃー」
 愛らしい(?)その目元の効果あって、ヌル助は恐がられたりはしなかった。
 今ではシンジのペットとして、彼の頭の上が定位置と化している。
 「はぐはぐはぐ・・・・」
 「それにしても」
 「しゃ?」
 呆れ半分、関心半分の表情でシンジは言う。
 「本当に美味しそうに食べるね、彼女」
 「しゃー」
 ヌル助のモノ欲しそうな声も、シンジには届かなかった。
 ■ 神造世界_心像世界 「The occurrence of one dayV」に続く ■
 〜あとがき〜
 「神造世界_心像世界」はTV版エヴァのストーリーに沿った設定です。
 故にシンジはマナ達とは初対面なのであしからず。
 というか、カモメは鋼鉄をやっていないのでSSでしかマナを知りません。
 ・・・・性格とか口調が変でも突っ込まんといてくださいです。